小説0
投稿日: 2024年12月22日
「気分はどう?」
「大丈夫です」
傷も治りかけている。もともと血小板が多いのかなんなのか、わりと治りは早い方だった。しっかり包帯を巻きなおし、「ではまた」と言って帰っていった。入れ違いに私を助けてくれた警官が入ってきた。私がバスローブ姿なのを見て、
「すまない」と言って出て行こうとしたが、私が引き留めた。別にどうでもいい。そんな魅力的な体つきでもないし。ジョシュアが何か言おうとしたが思いとどまったようだ。
共犯者の件を一応話そうか迷った。面倒くさいことになるのは嫌だった。
「昨日はありがとうございました。おかげで殺されずにすみました」
お礼を言うと、その警官は「いや」と言って何か聞きたそうだったがためらっていた。
たぶん、「その華奢な体で、どうやって二回目のナイフをかわしたのか?」そんなところだろう。
確かに二回目は絶対にまともには受けられないと、思わず回し蹴りでナイフを落としたのは私だ。周りにいる人に刺さらないように、上から真下に落とした。自分で言うのもなんだが、そうそうできる技ではない。怪しまれても仕方がない。
「日本人はみんな空手のたしなみがあるんですよ」
私が笑いながら言うと、真に受けた警官は安堵したかのように「ああ、そうなんですね」と相槌を打った。そんなわけないだろ?というような顔をしたジョシュアが、もう一人女性の警官が入ってくるのをみてバスルームへ消えていった。
手短に済ませたかったので私の方から質問した。
「キャサリンは一人で犯行に及んだんですか?本当に彼を取られた恨みから私を襲っただけ?彼女はもともと銃を持っていたんですね?普段から?」
警官はサムといったが、女性警官の方は名乗らないのでわからなかった。サムがしばらく黙っているので、また私が言った。
「キャサリンは双子?」
二人の警官が驚いた顔をした。
「なぜそれを?」
キャサリンの他にもう一人、私を見ていた女がいた。よくよく考えると同じ人物のようにも見えたが、あの現場に二人いたのだ。サムによって射殺された時にはもう一人は消えていた。おそらく本当に私を恨んでいたのはそっちではないか。だから犯人が死んで事件解決、とならず、こうやって夜通し警官が部屋の前にいたんだろう。
ジョシュアは知っていたのだろうか。交際相手が双子ということはともかく、実際自分が付き合っていたのがどちらかということを。
サムは状況を確認すると、「ではまた」と言って出て行った。女性の方が残っているのは何故だろう。じっと彼女を見つめると、やっと「私はアリスです。あなたの心の・・」と言いかけたが、そこでジョシュアが戻ってきた。
「私、別にショックを受けてるつもりもないし、もう大丈夫だからこの人にも帰ってもらうように言ってくれない?」と日本語で彼に言った。
彼がそれを彼女に伝えると、アリスも出て行った。ふう。
昨夜はバタバタしてろくに話していなかった。やっと二人きりになった気がした。
「本当にすまない。こんなことになるとは思わなかったんだ」
「どんな別れ方をしたのか知らないけど、あなたが悪いわけじゃないから気にしないで」
「一生、償う覚悟だよ」
「え?プロポーズでもしたつもり?」
ふふっと笑うと、彼も笑ってくれた。
「いや、笑い事ではなくて、本当に、その、君を守りたいんだ」
「今日のコンサートは予定通りだよね?リハーサルは午後から?」
「え、そうだけど、君はここから出ない方がいいから」
「わかってる。今日はね」
そう言って水を取りにキッチンへ行った。ジョシュアもついてきた。
「お腹すかない?なんか食べようよ」
私が冷蔵庫を開いて中身をみていると、
「もちろん。でも今はルームサービスにしよう」
彼はそういってホテルに頼んでくれた。
久しぶりに食事をした。期待はしていなかったが普通に美味しい。
パンを食べながら本題に入った。
「私、明日帰るわ。日本に。ここにいるといろんな人が絡んできて迷惑かけることになりそうだし」
コーヒーを吹くのをかろうじてこらえたジョシュアがびっくりした顔で言った。
「ダメダメ。今は離れたくないよ。だめだよ」
結局、今夜のコンサートに支障がでないように、とりあえず私が折れた。彼の喉にそっと触れてうまくいきますようにと祈った。歌い手という肩書をどけたら、何が残るんだろう?そんなことはあってはいけないと思ったし、私はそこまで彼に執着するつもりはない。傷つくのが怖いから。体は傷ついたけど。たいしたことではない。でも本当にただの恋愛感情のもつれだったのだろうか。正直な話、こんな人とまともに恋愛できると思って付き合う女なんているとは思えなかった。
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