小説0
投稿日: 2024年12月22日
「午後は一人でホテルの部屋で過ごしたが、こっちに来てからゆっくり一人になったのは初めてだ。
久しぶりに誰にも見られていないという感覚が少しだけストレスを追いやってくれた。一週間の予定でまさかずっとこの部屋で過ごすのか。一度くらい彼が歌うのを生で聴いておきたかった。いくら知らないとはいえ、代表曲くらいは聴いておこうとCDも買ったのに。まあ持ってくることはしなかったが、彼らが有名なグループだということは理解したつもりだ。何故、私だったんだろう。
さすがにナイフは回避できても銃の弾はよけられない。
たまたまキャサリンが下手くそだったから良かったものの、そもそも何故最初から銃でなかったのか、殺すつもりはなかったのかもしれない。そうなると結果殺されたキャサリンの双子の片割れの怒りはどこに向くのか。私かサムか。ジョシュアか。
私は、持ってきたパソコンを開いた。ホテルのネットワークを拝借して昨日の公園にある監視カメラの映像を探したが見つからなかった。誰かが撮影してどっかに投稿してないかも見たが、見当たらない。すべて故意に消されたように。映像はすぐにはみつからないだろう。代わりに犯人以上に、被害者の日本人への誹謗中傷は消されることなく残されていた。それはそれで面白い。昨日から私のスマホが無いのはそのせいかもしれない。私がパソコンを持ってきていることに誰も気づいていないけど。
「はあ」
私は大きくため息をついて、「よし」と気合を入れた。
私の記憶力はまだ衰えていなかった。パン屋のおじさんの顔。キャサリン。ジュリ。ジュリは双子の片割れ。サム。ジュリは妹が撃たれたのを見て、後ずさりして消えていった。車に乗りこむ。誰。そこまではわからない。でもまだ共犯者がいる。警察はわかっているのだろうか。外国の警察がどこまで優秀なのかは知らない。私についても調べたろうけど、まず何も出ないと思う。私は普通の日本人だ。どこにでもいる。ジョシュアに好かれてホイホイこの国にやってきたおバカな日本人。
おそらく私以外の人が標的になることはなさそうだった。
警察が本気で私を守ってくれるとは思えないし、やっぱりジョシュアの負担になるのも気が引けた。明日、帰ろう。部屋のドアを開けるとサムがまだいた。
「私のスマホ、いい加減返してくれない?」
「君のはジョシュアが持ってるよ」
あ、そうなんだ。本当に純粋に私があれをみないように気を使ってくれてるのか。
「飛行機のチケット、取りたいんだけど」
「え?」
「明日、日本に帰ります」
パソコンで取ればいいけど、持ってることはまだ内緒にしておきたい。
ホテルの中なら大丈夫だろうと、サムに付き添われてロビーまで行けた。こんなにすんなり部屋から出られたのが意外だったが、理由がわかってげんなりした。こうなることを予想して、明日の飛行機は全て満席という事実が伝えられた。そんなわけあるか、この閑散期に。
予定通り、一週間は滞在するしかないのだろうか。微妙にこの状況に飽きてきた自分がいた。
いったい私は何をしにイギリスまできたのだろう。実は歓迎されてなかったのにこのままジョシュアと付き合うわけにもいかないし、観光もできない。唯一、味方に思えたサムにこの状況から抜けたいと頼んでみた。
それと、行方がわかっていない共犯者と思われるジュリについては私が出ていかないと捕まえられないのではないかと提案した。昨日は「わざと」やられたわけで、本来はそう簡単には殺されない女なのだと言いたかったが、やめておいた。
もちろんサムは首を横に振ったが、ちょっとくらいは同情してくれたかもしれない。今日のところはおとなしくしていてくれと言われ素直に部屋に戻った。
本番前のジョシュアが電話してきた。彼は何か会話する度に「すまない」を言うようになってしまった。もはや罪悪感でしか私と関われないのかもしれない。私がもっと感情的に怒ればよいのだろうか。きっと心を開かない私に疲れてくるだろう。どうすべきか彼はわかっていない。でも私は彼には歌っていてほしい。だから明るい声で「ちゃんと仕事するように」とステージへ送り出した。彼らの歌声を生で聴く日がくるかは謎だが、なくても致し方ない。
シャワーを浴びて、冷蔵庫にあるもので何か作ろうとキッチンへ立った。一週間分の食材と思われるものがたくさん入っていた。無性に餃子が食べたくなった。無理だとわかっていてまた部屋のドアを開けると、サムがいた。
「いったいいつ休むの?」
「当分は徹夜かな」
うそでしょ。そこまで責任感ある警官って外国にもいるんだ。サムのスマホを借りて、餃子の皮をみせた。
「買ってきて」
「何これ」
「日系かアジア系のスーパーにあるから」
そういってドアを閉めた。
万が一、彼が買い物に行って、廊下に誰もいなくなったらどうしようか、少しワクワクして覗くと、知らない警官が立っていた。
残念。何故こんなに強力なガードなんだろう。キッチンに戻って肉の塊を取り出し、包丁でミンチにした。結構な量をつぶして腕が疲れてしまった。普通なら逆の手でもやるのだけど、今回は傷が痛くてできない。知らない警官にやってもらおうか悩みつつも無事にミンチにした。我ながら自分がサイコパスになった感じがした。そうでなけれはこんな大量の肉をミンチに出来まい。
適当に野菜も刻んでまぜ、味付けもした。あとは皮を待つ。
タネが残りそうだったが、サムがどれだけの皮を買ってくるかによる。しかし数時間立つのにまだ帰ってこない。探してくれているのだろうか。待ちくたびれて今日はハンバーグにでもするかと思っていたら、帰ってきた。
「うわ。ありがとう」
「結構いろいろ売ってるんだね」
初めて入った店で物色していたら時間が経ってしまったらしい。彼は料理好きなのだろうか。
ついでに手伝ってもらおうと、餃子の作り方をレクチャーした。二人で黙々と作業する。
なかなか器用なサムだ。聞いたらやはり料理は家でもやっているらしい。一人暮らしなのに偉いね。私一人分のはずなのに、どういうわけか百枚買ってきたので、タネを全部使うことになった。私が60個、彼が40個、なかなかやるじゃないかと感心しつつ、ホットプレートに半分並べて加熱した。熱々が美味しいので、焼く前に醬油やお酢を用意し、サラダも用意しようか迷ったが餃子だけで充分だと思ってやめた。
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