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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2024年12月29日

双子が表と裏だとしたら、たいていの人は表が好きになるはずだ。表と表だとどちらかが無理をしていると私は想像する。裏と裏が一番その双子にとっては居心地が良いはずだと。表と裏を陽と陰、善と悪とするかはその人によるのだろうが、対立する存在が世の中のバランスをとっていく。表は死んだとわかっているのに裏を表にして悲しみを消そうとした私が、ビルの屋上から落下する夢だった。裏の方が私のことを愛してくれていたかもしれないのに。

 

キャサリンとジュリでは陽と陰なのだろうか。陽を失ったジュリはもしかしたらもうこの世にいないかもしれない。夜中に目が覚めてからずっと双子について考えていた。

 

朝、人気のないうちに出発しようと朝食も食べずにロビーへ向かった。エレベーターのドアが開くと、あの嫌な殺意がまた襲ってきた。

 

「噓でしょ」

私は誰にも聞かれないようにつぶやき、スタッフと話しているジョシュアから少し離れた。早朝とはいえそれなりに人はたくさんいた。朝から観光に出かける人もいるのだろう。ジュリの姿を探したが、いるわけがない。いたらとっくに警察が確保してくれているはずだ。サムは入口付近で車を待っている。他にも数人警官がいたが、何も起こるわけがないという感じでこちらを見てもいない。

 

いや、一人だけ見ていた。殺気のせいで誰をみているのかわからない。自分ではないことは確かだった。瞬間的に私はその人の前に走った。私を視界に入れたその人が銃を向けたが同時に私の手が彼の顎を下からパンチした。

ほとんどの人はガラスの割れる音が鳴り響いてから、何か起きたことに気づいた。ジョシュアより先にサムが私のところへきたのがわかった。

 

デリンジャーか何か、撃たれた感覚はなかったが、こともあろうにこの間ナイフで切られたところをかすめた様だった。はあ。かすめた弾がロビーのガラスに直撃し周りにあったものが全部割れて散乱していた。どさくさに紛れて私たちは車に乗り、逃げるようにホテルを去った。

 

ジョシュアの家に着くころには出血もほとんどなく、むしろ何事もなかったかのようにふるまう私を半泣きで抱える彼の方が気の毒なくらいだった。みんな勘違いしているようだった。今回、狙われたのは私ではない。確信はできないが、顎を砕かれて白目をむいた男が最後までみていたのはサムだったと思う。

その男の不可解なところは、サム自身ではなく、ガラスに映ったサムを見ていたことだ。そして何故かそのガラスのサムを狙った。私の思い違いだろうか、だとすると結局私を見ていたのだろうか。視点が定まらないようにみえる人がいないとも限らない。

 

ジョシュアの豪邸は、なだらかな坂道を上ったところにあった。いつからあったのか、門の脇に警備員用の小さな小屋みたいなのがある。そこにはすでに警官がいた。あとからとってつけたような警備員室に、昨日はこういうことをしていたのかと妙に納得した。

 

中へ入るとこじんまりとした庭が広がり、奥に建物があった。三階建てだろうか。中は生活感がなくきれいだった。一階、というか半地下のようなフロアが下にあり、そこはどうやら洗濯機とかの物置らしい。三段くらいの階段を上がると玄関があり、キッチンやリビングがあった。すごくきれいで新築みたいだった。まさか新築?

 

「これ、いつ買ったの」

「え、昨日」

金持ちのすることはわからない。昨日一日でこれだけの用意ができるなんて。

 

二階は寝室やらバスルームやらがあり、一階もそうだがすべてが庭に面して大きな窓がある。なんて開放的な部屋だろう。これなら一日中いても問題なさそうだ。

あとは屋根裏部屋のような部屋が上にあり、そこは防音室だった。ジョシュアの仕事部屋だろう。二階で荷物を整理していたら、先生が飛び込んできた。

 

「ハイ」

「腕、みせて」

そこで初めて自分でも傷をみた。包帯をかすめただけで特に問題なかった。二人とも扱いに慣れていない状態で銃を使ったのだろうか。やはり殺すつもりはないのか、そうだとしたらあの殺気はいったい何だったのだろう。先生が帰ったあと、やっと朝食にありつけた。といってもこの家の冷蔵庫は空だったのでホテルが持たせてくれたサンドイッチだが。イギリスで今のところ、自分が作った餃子が一番おいしかった。

 

ジョシュアは夕方まで仕事だというので、私はwebデザインの仕事に戻った。パソコンを置いた机に座ると庭が見えた。サムもいた。こちらから見えるということは当然、あちらからも丸見えというわけだ。どちらにしても彼はタフな人だ。いつ寝ているのだろう。警官ならいろんな人から恨まれることもあるだろう。

 

ジョシュアは美人だが、サムは逞しい。そういえばこの会社の顧客層は二,三十代の男女だったっけ。美形の男と、逞しい女でも貼りつけるか。完全に見る人が見たら二人だろうと思える男女のイラストをおまけに描いてみた。問題ない。どうせ日本人しか見ないだろうから。

 

とりあえず試作を送ってしまうと、まだ仕事をしているような姿勢のまま、凝りもせずホテルの監視カメラデータにアクセスを試みた。これでダメだったらいよいよロンドン警視庁かどっか、秘密警察だっけ、情報なんとかにお邪魔するしかない。

 

「おっと」

さすがに今朝の今では何も対処できていないのか、ロビーの映像が入ってきた。明らかに異変に気づいてからの私の行動が速すぎてスローでみないと男の表情がわかりにくい。警察もわかっただろうか。彼が私を全く見ていないことに。サムがここにいるということは、自分が標的だったことには気づいていないのだろうか。意識が戻って何を言ったか、後でサムに聞こう。これでこの事件も解決するはずだ。彼があの時のドライバーだったとしたらそれで充分つじつまもあうし、あとは双子との関係性がわかればお終いだ。これで日本に帰ることができる。

 

 

絶対に履歴を残さないようにしてパソコンを閉じた。サムがこっちを見た。午後から暇だな。

食欲もないので軽く運動でもしてくるか。私はジャージに着替えて帽子とスマホを持って裏口に回った。裏口にも監視カメラがあった。はあ。面倒くさいな。

私は窓から地面に下りてカメラに映らないように軽くストレッチをした。よし。裏の塀を越えて道路に出ると、一気に坂を走り下りた。

まさか私がジョギングしているとは思わないサムが私をみて目を見開いた。しばらく立ち尽くしているようだったが、意を決したのか猛スピードで追いかけてきた。

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