小説0
投稿日: 2024年12月29日
「どこいくんだよ」
「あれ、付き合ってくれるの」
「危険だから止まってくれ」
「大丈夫、事件はもう解決したでしょ」
「なんでそれを」
「でもなんで見張られてるのかな」
「それは彼がボディーガードを雇うまで」
息が切れてきたらしい。ちょうどお目当ての公園へ着いた。
「きっつ」
「怪我してるんだから無茶しないでくれ」
「大丈夫」
あなたの方が無茶してない?と言いかけてやめた。何も持たずに追いかけてきたらしいので、私は飲み物を買いに行くから待っててと言い残し、小さな売店へ水を買いに行った。サムから見える範囲だし、事件もやはり解決とみなされているのだろう。さすがについてこなかった。ベンチにへたり込んだ彼をみて、案外タフでもないのかな。と気の毒になった。
二本のボトルをもって店を出ると、ベンチに座ったはずのサムが消えていた。また嫌な感じだ。
これじゃどっちが守ってるのやらだ。人気のない公園は休憩所やらベンチやら木々で入り組んでいて死角がわりと多い。音を立てずに聞き耳をたてた。静まり返った中にかすかにうめき声がしたと思ったら、複数の男に囲まれているサムをみつけた。
「ちょっと」
サムが「逃げろ」と言ったにもかかわらず、私がサムと三人の男たちの間に入っていくと、何がどうなったのか、ボーガンかなんかで撃たれたのかサムの片手が木の根元にピン止めされていた。他に怪我はしていなそうだったがさすがに身動きがとれなくなってしまったらしい。
「え、大丈夫」
私はサムの手首に手を当てた。その瞬間、ゴルフクラブが私の頭に命中した。普通こういうときは何か言ってから攻撃するものじゃないの?それって名乗ってから勝負する日本の武士だけ?不意打ちをくらって私はサムの足元に崩れた。
「なんだこの女は」
「まあいい、先にお前から殺してやる」
「やめろ」
そうそう、こういうやり取り。するでしょ。普通。自分の頭がおかしくなってるようだ。さすがにこれは殺しても正当防衛になるでしょ。ブツブツ日本語で言いながら私はフラフラと立ち上がると一瞬でゴルフクラブを手にして男の頭をかち割った。一発目の反動でそのままもう一人の頭を狙って振りぬいた。なんでよけないんだろう。バカなの。こいつら。
二人が動かなくなったのをみて三人目が走り出した。私はバトンを回すようにはずみをつけて思いっきり投げた。勢いに乗ったクラブの先端が振り返った男の側面に直撃して倒れたのを確認すると、私はサムの横に倒れこんだ。
ポケットからスマホを出して、
「何番?」とサムに尋ねたが、そこで眠ってしまったようだ。
俺は空いている方の手でスマホを受け取り、救急車を呼んだ。目の前で起きたことが信じられなかった。自分は今度こそ連中に殺されると思ったのに、彼女が来て一瞬でこの状況だ。頭から血を流して倒れた彼女に声をかけるがまったく反応がない。
「ちくしょう」
「こっちだ。早く来てくれ」
彼女が運ばれていったあと、別の救急隊が手に刺さった矢を抜く作業に入った。そのうち仲間がやってきて状況を聞いてきたが、彼女がやってくれなかったら自分が殺されていたと説明するので精一杯だった。彼女の無事を確認したい。一体、何者なんだ。ただの女ではない。あんな、軽々と人を殺せる女なんて。彼女も実は警察かなにかの人間か。
俺の傷はふさがるのを待つだけの些細なものだった。彼女が受けた暴行に比べたらかすり傷にもならない。あいつらはいわゆるギャングで表向きはビジネスマンを気取っているが裏では犯罪行為もいとわない連中だ。逮捕歴もあるし、俺が恨まれていたのも想定内だ。彼女は自分の身は自分で守れるくらい空手なのか知らないが、それに長けているのは事実。あの時、一人でジョギングに行かせていれば巻き込まれることもなかったと思うと、どう償っても償いきれない。俺のミスだ。
普通なら彼女が連中にしたように、殺されていて当然なのだが、奇跡的に生きている。ただし意識不明の状態が二時間続いている。俺も休むように言われているが、廊下で立ち尽くしているしかなかった。ジョシュアがきた。今週、この光景は二度目だ。
「すまない」
「すまないだと?何故こんなことになるんだ」
前回と違ってまさか自分が謝罪することになるとは。今回の件は完全に自分が原因で、彼女は巻き添えだったということを説明した。ジョシュアは怒りをどこに向けたら良いかわからないようだった。言葉を発することなく病室へ入っていった。
ああ、またこの夢か。ビルの屋上から一軒の燃えさかる建物をみていた。あの中に彼はいるのだろう。何故、生きようとしなかったのだろう。逃げようと思えば逃げられたはずなのに。私を解放したつもりかもしれないが、解放じゃない。捨てたんだよ。わかってる?
残念だけど私は絶対に復讐するから。違う。そうじゃないのに。一人の女として悲しいわけじゃない。別に。屋上の端に向かってダッシュした。なにもかもにさようならだ。
でも、風が私を引き戻した。彼が私を抱えて「死ぬな」と言った。私は彼が生きていると思って泣き叫んだ。私たちはその夜、ビルの一室でお互いを慰め合った。
我に返ったとき、隣に寝ているのが彼ではなく彼の双子の弟だと気づいた。気づいた?違う。始めから弟だと知ってた。彼は燃えたのだから。同じ顔でも中身は正反対の双子。自分がどうしたいのかもわからないまま、私は消えた。もう彼らの顔もあまり覚えていない。その日から、私は適当に生きてきたのだ。そのうち天罰が下ると思いながらそれを待ちわびていた。
長い間、眠っていた気がした。目を開けると、夢での汚いベッドから一転、清潔なシーツの上に体を横たえていた。ここはどこだろう。腕に刺さっている点滴をみて病院だということはわかった。逆の手を動かそうとしたが、動かない。何かが私の手を掴んでいる。視線を手の先へ向けると、男の子が眠っていた。手に力を入れると、男の子がその美しい顔をこちらに向けて安堵したようにほほ笑んだ。
ふふ。ここは天国かもしれない。しばらく見つめ合っていると、ドヤドヤと人が入ってきた。
「気分はどう?」
医者らしき人が何か言ってくるが、何を言っているのかわからない。日本語?じゃない。隣の看護師らしき人の名札が見えたが、英語で書かれていた。日本じゃない?
男の子をもう一度見た。外人だ。全員、外国人だった。つまりここは日本ではない。
「自分の名前、言えますか」
英語だ。私は日本語で答えた。
「ここはどこの国?」
それを聞いて、その場にいた全員が驚いて顔を見合わせた。しばらくすると別の看護師がきて日本語を話し始めた。
「私は日本人です。大丈夫?」
「ここはどこですか?アメリカ?なんでこんなことになってるか教えてください」
どうも私は怪我をして記憶が飛んでいるらしい。未だに私の手を握り続けている彼は誰なんだと聞いたが、彼は医者から答えないように指示されて、部屋から出て行ってしまった。
頭が痛い。そのまま、また意識が無くなった。
その夜、人の気配を感じて目を開けると、知らない男が立っていた。知らない、さっきの男の子とは違う、見たこともない、というとかなり怪しいのだか。記憶がないのだから知り合いかもしれない。ともあれ、体が思うように動かない私はただ彼に身を任せるしかなく、そのうちまた眠ってしまった。
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