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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2024年12月31日

翌朝、アニーがぐっすり眠っているうちに、置いてある服に着替えて庭に出てみた。ここはイギリスのどの辺なのか検討もつかないがとにかく広い。奥の方に柵があり二頭の犬がこちらを見ていた。

「ハイ」と小声でつぶやいたのに、聞こえてしまったかのように犬たちが反応したのがわかった。番犬だろう。不審者であろう私をみつけて、こちらに来ようと柵に体当たりしている。ワンワン吠えるのでアニーに気づかれそうだ。

 

「シー」

言ってみたが効果はなく、数回のタックルで柵が倒れてしまったようだ。

「逃げろ」

うしろから男が叫んだ。誰だ。庭の見回りでもしていたのだろうか。その声を聞いて、振り返ると、部屋からアニーもこちらを見てすぐに消えたのが見えた。ものすごい勢いで犬たちが走ってきた。残念だけど私は動物には好かれるタイプだ。もちろん人間以外の、かもしれないが。

 

駆けつけたアニーが、驚いた顔でこちらを見ていた。犬たちは急に大人しくなってベンチに座る私の膝にちょこんと顎を乗せていた。私は両手で頭を撫でてやった。

「いい子ね」

「あ、ああ」

こんなに懐いているのに、なんでそんなに慌てて駆けつけてくるのか。従業員らしき男の「逃げろ」も私がこの子たちと初めて接触したことを証明しちゃっている。あまり深く考えないようにするか。リビングに戻る途中で、アニーが「俺の傍を離れるな」と行った時、前にも同じようなことを言われた気がして、実は私たちは本当にこの数か月の間も恋人同士だったのかもしれないと錯覚した。

 

 

頭を打ったせいで、体がだるい。誰もこの数か月に何があったかを教えてくれない。ノートパソコンが欲しいと言ってみたら、すでに用意したから午後には届くと教えてくれた。スマホについては元々持っていなかったらしい。とりあえず頭痛のせいであまり深く知りたいとか、考える気力も無くしていると思われているようだ。確かに、聞きもしないのだから教える必要もない。ボケっとしながらもあれこれ自力で思い出そうとする。その度に頭痛が始まるので思い出そうという努力が出来なくなっていた。鎮痛剤をもらってアニーにもたれかかっていたら、心地よくなって眠ってしまった。これがまさか睡眠薬だとは思いもしなかった。

 

 

 

「あいつが来ました」

そろそろ来る頃だろうと思っていた。

中には入れるなと言い、俺はソファーに彼女を残して部屋を出た。玄関に向かうと、あの警官が立っていた。一人か。恐れを知らないやつだ。

 

「彼女を引き渡せ」

「お前のところにいたらまた殺されかけるぞ」

「彼女はどうしてる」

「落ち着いてるよ。ずっと俺と暮らしてきたことを信じてる」

「何が目的なんだ」

 

お前の女でもないのになんて顔してるんだ。やれやれ、ここにもあいつに惚れた男がいるわけか。それなら話は簡単だ。

「サムさんよ。気づいてるか?今が一番平和だということに」

 

俺があいつに執着しているうちはお前が殺される危険もない。部下もみんなあいつに惚れそうな勢いだしな。

「この3日間、悪さをしたやつは皆無だ」

「なぜ彼女なんだ」

サムがわかりきったことを聞くので思わず噴き出した。

 

「お前と同じじゃないのか。安心しろ。彼女は安全だし、なんなら幸せに過ごしてる」

サムが頭を抱えるしぐさをすると、追い打ちをかけるように俺は言った。

「ジョシュアとかいう軟弱な男よりもあいつはお前や俺みたいな頑丈な男が好きだと思うぞ」

「記憶が戻ればまた別の話だ」

「ああ、その時はその時だな」

 

 

ジョシュアになんて報告するつもりだかわからんが、女のことを考えたらそっとしておくのが最善だと警官ならわかるだろう。

彼女のパソコンがあるならこっちにくれないかと言ってみたが、それは出来ないと言われた。今頃、中身を全部みられているのだろうな。俺もみてみたいものだ。

 

 

部屋へ戻ると、眠っている彼女をベッドへ運んだ。しばらく寝顔を見ていたが、こいつがどういう人生を送ってきたのか、ものすごく興味がわいてきた。ここ数カ月の記憶はないとしても、それ以前のことをどうやって聞き出そうか、いっそ事実をぶちまけたほうが良いのかもしれない。意外とあっけらかんと受け入れそうなタフな女だろうから。そのうち記憶も戻るはずだ。とりあえず外に警官が張り込んでいることは気づかれないようにするか。

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