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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2024年12月31日

気づいたらベッドに寝ていた。

寝てばかりのような気がする。これでは体が鈍ってしまいそうだ。ベッドの上で軽くストレッチをしていると、アニーがパソコンを持ってきてくれた。

 

渡英するのに私がパソコンを置いてくるはずはない。イギリスのどこかにあるはずだ。もしかしたら今頃、誰かが懸命にログインを試みているかもしれない。おそらくそれは不可能だ。でもそうなるとまたあらぬ疑いがかけられそうだ。一般人は基本的にすぐに抜けられてしまうようなセキュリティー状態でパソコンを使っている。警察くらいのレベルで簡単に覗かれてしまう。それが出来ないとなると、持ち主は何者だという話になりかねない。そのうち警察が来るかもしれない。いや、よくよくだが私はどこにも属していないのだから、私がどこにいるかなんて誰が気にしていることだろう。病院の人が私を捜してくれているのかどうかもわからない。

 

見つかるまでには何もかも思い出しておかないと。

 

 

「ありがとう」

と言って、早速、今日が何日かを確認した。今がいつかなんて、その辺の人に聞けばよかったのだろうが、思考に集中するためにあえてやめておいた。理由もわからずに日本で東京ビッグサイトに行った日付から、数か月だった。インターネットにつなぐと、今日のトップニュースが画面に出た。人気ボーカルグループ活動休止を発表。どこの国でも似たような記事しかでないのか。スルーして他のニュースもチェックする。後ろで見ていたアニーが私の頭に手をあてた。

 

 

「出かけてくるからまたディナーで会おう」

そう言って部屋から出て行ってくれた。気配が無くなるのを確認すると、数日前の記事のチェックを始めた。特に気になるニュースは無い。それはそれで違和感があった。邦人が怪我した記事など載らないものなのか。思いつくジャーナリストのサイトへ移動。上手く裏に入れるところが無いか、跡が残らないように注意深くみていった。

 

「あった」

二日前の記事だ。ヤクザに警官が襲われ、近くにいた日本人女性が警官を助けた。という見出しと、日本人女性がヤクザ三人を殺害、正当防衛か。これも同じ事件のようにみえる。写真も画像も一切ないが、これは間違いなく私だろう。その後、この邦人がどうなったかは書かれていない。あ、これもか、日本人女性、頭部を殴られて重体。

 

 

同じ日、ジョシュア.Bの恋人がホテルで襲われている。これは関係ないか。ん、まてよ?ジョシュア。さっきのトップニュースへ戻る。ボーカルグループ活動休止。恋人が連日襲われたショックでジョシュア.B体調を崩す。復帰は未定。

 

時間がたっぷりあることを確認して、私は入国データのチェックを始めた。自分の名前を入れる。

どの名前を使ったのか思い出せない。というより偽名で渡英するわけがない。素直に本名で調べるとあっさり出てきた。そういえばアニーも本名を知っていたか。

 

少なくとも「仕事」で来たわけではなさそうだ。アニーの嘘つきめ。五日前の入国履歴をみて、自分がまだこの国へきて五日だという事実が判明した。しかも来たその日に腕を怪我。すべて辻褄が合う。アニーとの時間はたったの二日という現実。一体、どういうことだろう。そもそもジョシュアが恋人?

 

私が男のためにわざわざイギリスに来たとでもいうのだろうか。病院で手を握っていたのがジョシュアだとわかったのは収穫だが、その前も、その後の出来事も謎だらけだった。もう自分で思い出すしかない。

 

 

夕食時、あまりに沈黙しているのも変だと思い、昼間みたニュースについていろいろ質問してみた。もちろん私が見られるニュースは限られているので、とりあえずあのボーカルグループについて聞いたが、アニーがひたすら「俺は嫌いだ」と言うので面白くなって、誰が好みだとか、彼らの話題をできるだけ長引かせた。もう体調も良いから彼らが復活したらライブを観に行きたいと言っておいた。

 

私がここに居るうちは復活はないだろうというような余裕顔でにっこりうなずく彼をみて、少し可愛いと思った。この人も、悪い人ではないのだ。

 

 

「明日の予定は?」

「仕事で出かける」

「仕事は何してるの?」

「いろいろだよ。一応、社長だしな」

「ふーん」

 

どうみてもヤクザにしか見えないけどね。三人のやんちゃな手下がボスに内緒で警官に復讐しようとして返り討ちにされた。ボスは何故私を殺さないのだろう。好きにさせたとろころで裏切ってメンタル的に復讐する計画かもしれない。それかそのつもりだったが本当に私のこと好きになっちゃったかな。はあ。こういう妄想癖は治らないものなのか。

 

 

「私も一緒に行っていい? ここにいるのにも飽きちゃったし、外に出たいし」

「いいけど邪魔だけはするなよ」

あっさりオッケーで拍子抜けしてしまったが、これで少しだけ明日が楽しみになった。

 

 

 

翌朝、彼がスーツを着るので私も合わせてパンツスーツを選んだ。本当はジャージが良かったんだけど、スカートとかドレスでないだけマシか。

玄関に出ると、ここ数日ですっかり顔を覚えた数人の親切な使用人たちが待っていた。一緒に行くのだろうか。

 

「ユキさん、スーツも似合ってますね」

口々に褒められて不覚にも嬉しくなった。この人たちはちゃんと名前を使うのに、ボスはめったに言わない。

偉そうな人は相手のことを「おまえ」とか「おい」とかで済ましがちだ。でも親しい間では名前なんか呼ばなくても相手のことを指しているわけだし、結局名前なんてどうでもいいのでは、というのが私の結論だ。

 

昔からそうだ。別に恥ずかしくて言えないわけではない。ボスもそうなのだろう。じゃなければ、部下が自分の女を名前で呼び捨てしてたら怒るでしょ。普通は。

そんなことを皆で話していると、ボスがやってきたので車に乗って出発した。

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