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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2024年12月31日

「その女に三人ともやられたってことか」

アニーという男は自分の部下が三人も殺されたことに少なからずショックを受けていた。三人とも怖いもの知らずの腕っぷしの良い連中だった。それが女一人に、クラブで殴り殺された?しかも正当防衛で処理された。確かに、警官を殺そうとしたのは事実らしいが、返り討ちにあって結局、こっちが犯罪者というわけか。面白いじゃないか。

 

聞くと、女は日本人。興味をそそる女だ。顔を拝みにでも行くか。

 

そう思ったら行動が速い。病院スタッフになりすまして、その女の病院へもぐりこんだ。警備の人間が居なくなった一瞬をみて部屋の中に入ると、女が死にそうな顔で寝ていた。こんな華奢な女が本当にクラブを振り回したのだろうか。そう思ってみていると、女が目を開けた。その時、何を思ったか、自分の腕が勝手に動いて彼女を抱えようとしていた。

 

何本かの管を抜いて、シーツにくるんで抱えると、ドアをそっと開けて廊下に出た。夜だから薄暗いし誰も居ない。異国の女のための警備などこんなふうにいい加減なものなのだ。すぐに非常階段へ入ると、そのまま地下まで下りて、部下の待つ車へ彼女を運んだ。

 

移動している間、ずっと抱えたまま彼女を見ていたが、三人を殺した女だと? 怒りを通り越してむしろ愛おしい感情さえわいてくる不思議な女だと思った。

 

部下が仕入れた情報によると、彼女は記憶が無いらしい。昏睡状態から目覚めたばかりだから、すぐに何もかも思い出す可能性もある。腕の怪我はイギリスについて早々に、あのキラキラしたバンドのメンバーのせいで刺されたらしい。なんとも普通の境遇ではない。あんなチャラチャラした男のところで危険な目にあうくらいなら、危険のど真ん中にいたほうがマシだろう。

 

面白くなってきた。

 

 

 

ほんの数分、用をたして戻った警官が看護師と一緒に部屋の中へ入ると、そこはもぬけの殻だった。サムやジョシュアも戻ってきたが、状況が把握できずにいた。

「どうなってる」

 

バタバタと警官が集まりあちこち捜索し始めた。最終的に地下の防犯カメラに映った人物をみて、サムは顔面蒼白になった。

「何のために離れたと思ってるんだ」

殺人の記憶など無い方か良いからと言われて、とりあえず姿を消したのに連れ去られるなんて。ジョシュアは頭を抱えた。

 

 

 

どうやら私の記憶は、東京ビッグサイトに行ったところから抜け落ちているらしかった。

鳥の鳴き声が聴こえてきて目が覚めた。何かがおかしい。病院にいたと思ったら今度は、ここはどこだ。点滴も刺さっていない。ゆっくり起き上がると広い部屋の中でポツンと立っている男に目がいった。男がこちらに気づくと、ベッドまでやってきた。誰かもわからない。

 

 

「気分は」

「はい、あの」

言葉につまづいた。やはり英語圏なのだ。日本人がくる気配もない。私がまだ錯乱していると思い込んでいる男は名乗った。

「思い出してくれ。俺はアニーだ。お前の恋人だ」

え、そうなの? わからない。そもそも何故イギリスにいるのだろう。さっき、ここがイギリスの病院だと言っていた看護師はどこにいったのだろう。何か面倒な事件に巻き込まれているのはわかったが、何年か前にそういう仕事はやめたはずだ。この数カ月の記憶が飛んでいるらしい。思い出さなければ。

 

アニーは言葉も発することができない私を支えて、横になるように優しく言った。まずは整理しないと。私のパソコンはどこだろう。持っていないということは相当やばい状況なのかもしれない。

 

「余計な情報は与えない方がいいらしいですよ」

こいつの言うことももっともだ。だが俺は殺すつもりで見舞った女を、連れ帰ってきたのだ。すでに部下たちは俺がこの強い女に惚れたと思っている。否定はしない。もう少し様子をみるつもりだ。殺す時がきたら殺す。どういう女か知りたかった。

 

 

 

また少し意識が飛んでいたようだ。病院で一度目覚めた時の記憶はある。それ以前の記憶、どうやって海外に来るに至ったか。それが問題だ。情報が欲しい。思い出すのは夢だけだ。夢だけど現実だったのだろう。そこも覚えていないのは以前からだろう。普通の生活をして、そうだ、ビッグサイト。用事があってあそこに行ったが、何をしに行ったかは思い出せない。

 

パソコンが欲しい。アニーに頼んでみるか。今日が何月何日かも知りたい。

ベッドから起き上がって、窓の近くへ歩いた。頭は痛いが何とか歩ける。腕の傷もいつつけたのだろうか。調べることが多すぎる。

外を見ると、全く見覚えのない大きな庭が広がっていた。自分がいるところがとんでもない豪邸だということに気がついた。玉の輿にでものるつもりだったのだろうか。はあ。溜息をついていると、ドアが開いてアニーが入ってきた。

 

「大丈夫か」

「ええ、あの、シャワー浴びたいんですけど」

 

私がいつからここに居るのか尋ねると、数か月前からだと彼は言った。ここにあるものは全て私のものだと。でも命より大事なパソコンはない。バスルームに入ると、着替えもタオルも置いてあった。ホテルにあるようなアメニティーもそろっている。そう、ホテルのようだ。私だけの部屋。違和感が丸出しだ。

傷があろうとお構いなしでシャワーを浴びてしまう私に、アニーが驚いているのもおかしな話だ。バスルームから出てくると、彼自身が手当してくれた。

 

 

「君は我慢強い女だな」

彼がつぶやいたが、そういえば未だに私のことを名前で呼ばない。最後に名前を呼ばれたのがいつだったか思い出せない。記憶喪失のせいなのか、呼ばれたことすらないような生き方をしてきたのか。

 

 

「アニー?」私は彼が私の名前を知っているかさえ疑問に思って聞いてみた。

「なんだ?誘ってくれてるのか?ユキ」

さらりと言ってのけ、私の首に手を回してきた。セックスしたら思い出すだろうか。この人と寝たことがあるのかないのか。好奇心だった。

 

 

夕食を2人で食べた。料理は料理人が作るらしい。数か月、私はこんな生活をしてきただけなのか、感覚的にはイギリスにきてからまだ一週間も経っていない気分だった。おそらく自分の勘の方が正しいだろう。一人の部屋だと思っていたが、夜もアニーがずっとそばにいた。いてくれた、と言った方が良いのかもしれない。何となく懐かしい居心地の中で、久しぶりに熟睡し、夢を見ることもなかった。

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