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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2024年12月3日

案の定、彼はマフラーを返す気は無いらしく、

「好きです。」というようなことを言ってきた。日本語で好きって。でも明日、帰国するんですよね?いきなり遠距離恋愛なんてあるんですか?そんなことを言っておいて、いい人ぶろうとしてるとは思えないけど、なんとなく、今夜は何もする気がない彼にイライラしてきた。礼儀をわきまえているつもりなのだろうか。この空気に耐えかねて、私は手を伸ばして彼の喉に触れた。

 

「調子悪いんじゃないの?喉。」

少しだけ念を込めて数秒の時を止めた。

 

「あ、なんでわかった?」

言いかけて彼は自分の体温が少しずつ上がっていくのを感じたようだった。私は、どうやら彼は真面目なだけなのだと思った。触れるとその人のことがわかるような気がするのは私の特技でもある。

 

 

最終的に、若干潔癖症ぎみの私は先にシャワーを浴びて、そして、互いに相性を確かめあった。相手のことを良く知らない状態でセックスする人たちってどういう心境なんだろう。ただ好きという感情で動いているのか、単に性行為が好きなだけなのか。

 

 

彼が幸せそうで良かったと、寝顔を見ながら帰る支度をして、そっと部屋を出たのが終電の後だった。タクシーで家まで帰る途中、マフラーを返してもらうのを忘れたことに気づいた。

 

「まあいいか」

独り言をつぶやき、明日、彼が連絡してくるかどうか一人で賭けた。してこない方に一本。マフラーを買いに行こう。もししてきたらまだ奪還の可能性はある。なんてことを妄想しながら帰宅してシャワーを浴びて寝た。

 

 

 

目が覚めた時、すでに彼はホテルを出ているであろう時刻だったが、私は昨夜からラインの着信がピコピコ鳴っていたのにも気づかずにいたらしい。本当に私と付き合うつもりなのだろうか。まさか。喉の調子が良くなったことに気づいたのかもしれない。もし後者なら彼はやはり歌手なのだと思うことにする。それもありだ。すぐに返事を送った。

 

「ごめん、今日用事があったから帰ってきた。ディナーをありがとう。気をつけてね。」

通話はしてこなかった。おそらくもう出来ない状況なのだろう。空港ではたくさんの日本のファンたちに見送られているはずだ。無事に帰国できることを願った。

 

 

 

それからも毎日のようにメッセージが届いたので、私も普通の友だちのようにやりとりを続けた。彼はタイミングをみてはイギリスに来ないかと聞いてきたが、私も自分の仕事があるし、そこははっきりと断った。

それでもとうとう我慢の限界がきたのだろうか、また喉の調子が良くないのに週末にはライブがあるという。だから治してほしいと切実に頼んできた。いつも調子悪そうだけどちゃんと歌えてるじゃない?とはぐらかしてみたが、どうしても君が必要だと言われてしまっては、なんだか可哀想になってきた。ステージで水ばかり飲んでいる彼をみるのもそれなりに辛いものがある。

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