小説0
投稿日: 2024年12月1日
ビッグサイトには何回か来たことがあるので、彼の行きたい場所もすぐわかった。人ごみに紛れてそのブースを覗く。そこにあるモノにどれほどの価値があるのかは私には理解できないが、彼は嬉しそうに眺めていくつかを手に取った。そのアニメが好きなのね。ふーん。そういえばそんなキャラのタトゥー入れてたっけ。この子じゃなかったかな。
「え?」
「え?」
売り子と彼の声を聞いて何事かと思ったら、どうやらジョユアは現金を持っていないらしい。おいおい。こういうところは未だ現金商売ですよ。商売と言ったら語弊があるか。まあいいか。とりあえず私が立て替えて、他に行きたいところはないか確認した。無いと言うのでひとまず彼を駐車場に送ることにした。
「これだけのために、わざわざここに来たの?」
「うーん。そうなんだよ。この後、リハーサルあるし」
ご多忙ですこと。大きなワンボックスカーを見つけると、彼も安堵したし私もホッとした。
あれ、メンバーって何人だっけ。そのうちの一人が中から顔を出した。
「ハ~イ」
誰だっけ。
運転席から日本での案内役みたいな日本人が慌てて降りてきた。
「どうも、すみません。」
「いえいえ」
私はここに長居はしませんよ、という体でジョシュアにも「じゃあね」と挨拶し、くるっと向きを変えてそのまま歩いた。こういうときは振り返ってはいけない。急ぎ足で数メーター進んだところでジョシュアが追いついた。
「待って、あの」
「え?ああ、お金ならいいですよ別に」
「あの、そうじゃなくて、番号教えて、LINEとかでもいい」
「は?」
「あ、お礼したいから」
「いや、じゃあ今、お金ちょうだい」
「あ、うん。でも教えて」
「なんで」
「また会いたいから」
「え?」
はあ。まあいいか。一応教えるだけ。
さっさと一人になりたい気持ちの方が勝ったので、交換して立ち去った。ああ、結局お金も返してもらってないし、マフラーもメガネも忘れた。やれやれ。売れてるアーティストからしたらはした金とモノかもしれないけど、あのマフラーは気に入っていたのにな。
ピコン。駅に着くまでの間に早速メッセージが入っていたが、とりあえずそのままにした。
正直、彼に興味はあるけど食いつくような真似はしたくない。日本で遊ぶための女にもなりたくないし。なってもいいけど。ふふ。そんなことを考えていたら、本来の目的が結局なんだったか、わからないまま家に着いてしまった。報酬、ないな。
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