小説0
投稿日: 2025年5月4日
「な、できてるだろ」
翌日、わざわざサムとケイがきてくれて、状況確認とこれからどうすべきか話し合った。その時、アニーがこそっと耳打ちするのでやっと気づいたのだが、二人の親密度が半端ないので驚いた。まあ、落ち着くべきところに落ち着いたということだ。
でもそうなると、二人に迷惑はかけたくない。私は早々に諦めたふりをしてルイ奪還計画を頓挫させた。
「おまえ、一人で何かしようと思うなよ」
アニーにくぎを刺された。
「でも、あの国に子供を捜しに行くくらいのことはできるよね」
「完全に閉鎖された国ってわけではないのだし」
「新婚旅行、あそこにしない?」
言ってみるものだ。新婚旅行という響きにまんざらでもない様子のアニーが、考えてみると言ったのだ。
「確かに観光に行くていなら可能だな」
そう言って、スケジュールをチェックしてくれた。ボブは大反対したが、自分も行くならと言い始めたのでそこは却下した。ボブには子供たちを守る義務があるということにした。
似たもの夫婦と言われたらそれまでだけど、決めたら行動が早いのがアニーの良いところだと思う。早速、渡航の許可を申請してくれた。あくまでも観光が目的だ。現地でどうにかダンと連絡をとって協力をしてもらおうか。とにかく見て見ぬふりをしてもらおうか。
私たちが行くことをルイに事前に知らせておくことができれば、おそらく向こうからやってくるだろう。ジョシュアに連絡して何かのついでに「友人があの国へ旅行にいくらしい」的な発言をしてほしいと頼んだ。
「久しぶりに連絡してくれたかと思ったらそんなことで」
と彼は不満そうにつぶやいたが引き受けてくれた。そしてその日の夜、トークイベントで行ってみたい国の話題の際、自分も行きたかったなあという不満と共に「友人」が今度行くらしいという情報をさらりと流してくれた。
一時、検索ランキングでその国がランクインしたが、たいていの人の興味は一瞬で、あっという間に消えた。私はそこに「Secondhand」としてコメントを残した。本屋で待っていると。あの国に本屋が存在するのかは置いといて、会いたいということが伝わればチャンスはあるはずだ。
次の便まで五日もあったので、チケットやらホテルやら手配し終えたら、日常が戻った。何が日常なのかいまいちわからなかったが、その五日間はいたってシンプルな生活だった。私はあの公園のパン屋でアルバイトを始めた。すぐに旅行に行くとことも承知の上でおじさんは雇ってくれた。ギルバートがどんな子か聞くついでに、ルイのことを知っているか尋ねた。
「まあ噂は前からあったよ。とても頭の良い子らしい」
そう、あの子はいわゆる神童なのだ。犬を殺したとしてもそれはサイコパスというわけではないと私は思っている。純粋に関心があっただけ。だから1匹で終わっている。習得したから。でも、いわゆるハッキングやプログラミングのスキルは誰に教わったのだろうか。親が興味を持たせるには早すぎる。勝手に?そんな幼少期に古本屋と出会う機会があったのだろうか。
「後継ぎが出来ないから養子を取ったという話も聞いたことがある」
「え」
実の親じゃないのか。妙に大人びていて落ち着いたあの雰囲気が愛情不足が原因なのだとしたら、それは道を軌道修正できる可能性があるということだろうか。彼の本当の望みを叶えることができれば。
「参考になったかね」
おじさんが言うので、私は我に返って恐縮した。
「すみません。変なこと聞いちゃって」
情報通のおじさんに近づいたわけ。わかってて用意してくれてたのかな。
アルバイトの分際で、パンを焼くおじさんを見ながら日本で食べたソーセージパンをリクエストした。なんだそれ。と言うので、ロールパンの一種でソーセージを巻くのだと言ったら、自宅からソーセージを持ってきて作ってくれた。それをもらって家で皆で食べたら急に日本が懐かしくなってしまった。
「ね、落ち着いたら日本にも旅行に行こうよ。今度はみんなでさ」
アニーも子供たちも賛成してくれた。楽しみが出来た。別にパンを食べに行くわけじゃないけど。北海道とか沖縄とか全国を周るのも興味深い。そうやって普通の家族は日々を過ごしていくのかな。仕事に家事に育児。どこに犯罪を犯す暇があるのだろう。
明日はいよいよルイ奪還作戦の実行だ。変な胸騒ぎはする。余計なことをするのも自己満足にすぎないのかもしれない。でも、このままでは普通の暮らしなんてできっこないからやるしかないのだ。アニーもそれは理解してくれているはず。みんなも。
「なるべく早く帰ってきてね」
皆に見送られて家を出るとき、この家にはこんなに人が住んでいたんだと改めて驚いた。家族。自分がこのパズルのピースの一つになっているかどうか、皆の顔をみて確認した。ここにルイもはまれば完成すると信じて空港へ向かった。
飛行機に乗り込んで、空席の目立つ機内を見渡した。
「は?」
「おう」
後ろの方に、サムとケイがすでに座っていた。なんで。
「久しぶりに休暇がとれたんでちょっとした旅行さ」
確かに、現地を知っている二人が居てくれたら心強いけれど、大丈夫だろうか。不安がよぎる。誰にも死んでほしくないし、ルイに殺人までさせられない。言っても子供なのだから気にするところはそこではない。彼を支えている人物がいるかもしれないが、アニーはそれは否定した。身一つであそこを出て、仮にどこかの家庭に入り込んだとしてもパソコンでメールを送る以外にやれることはないはず。私たちに構ってほしいだけだと。
数時間で終わらせるつもりだ。ルイを説得できなくても、飛行機に乗せる。それだけのことだ。大人四人と子供一人。勝敗といえることでもない。大丈夫。出てこい。もし神童という仮面をかぶった悪魔だったとしても、小悪魔に過ぎない。
アニーと繋いだ手に汗がにじんできたのがわかる。思わず、手を離したらアニーが目を開けた。
この人とこうやって間近で視線を合わせて、気づいてしまった。ルイも同じ目の色なんだな。ふふ。やっぱり大丈夫。
空港に降り立って、休暇中の警官二人が進む方へさりげなくついて行った。二人は現地のタクシーに乗り込んでいたが、私たちはあらかじめ用意しておいた車で追いかけた。この国ではお金さえかければ何でもできる。サムたちが塔のあるあの場所へ向かうために道をそれたところで、私たちは直進してなるべく人気のない方へ車を進めた。
削れた山の上に一軒の家が見えた。
「あそこまで行ける?」
「その前に、あれは何だ」
アニーが言うので見てみると、こじんまりした小屋が道路沿いにあった。看板に「本」のマークがある。
「本屋?」
まさか。車を止めて小屋の前に立った。とってつけたように本の絵が描かれているだけで、中は普通の倉庫の様だった。隙間から中を除くと、何か人間の足のようなものが見えた。嫌な予感がした。アニーにも見てもらったが、彼は無言で私を連れて車に戻った。
「二人死んでるな」
「まさか、あの子がやったのかな」
そのまま、山の上を目指した。その一軒家は崖っぷちに建っていた。眺めが良さそうだった。玄関をノックしたが、誰も出てこない。さっきの遺体はここから運ばれてきたのだろうか。子供一人では絶対に無理だ。いや、無理ではないか。こんな誰もいないような場所なら何日かかければ不可能ではないかもしれない。アニーがドアを蹴破ったので中に入った。
窓からの景色は最高だが、高所が苦手な人にはとてもじゃないけど住めないだろう。人の気配はない。テラスからみると、下に何があるのかもわからないくらいだった。さすがに怖い。
「あ」
遠くに、あの塔が見えた。ケイたちは無事だろうか。電波が無いので連絡が取れない。あそこからルイがこの家を見ていたのなら、ここに滞在していた可能性は高い。
「おい、落ちるなよ」
アニーに言われて中へ戻ろうと振り返ると、ルイが立っていた。
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