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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2025年5月18日

私は、両手が使えない私の世話を焼くことに幸せを感じてくれている人たちに囲まれて数日過ごすことになる。たまにはそういう日々もいいかもしれない。体は無理だけど頭くらい使わせてもらおうと、カジノでバイトすることにした。いかさまは出来ないと主張するアニーの言葉を確かめてみたかった。合法だから今まで摘発もされずにやってこれたのは違いない。

 

「裏で微妙に操作することくらいはやってるでしょ」

ボブに付き添われて、アルバイトのふりをして店内をうろついていた。一人で大丈夫なのに、やはり心配なのだろうか。ここほど安全な場所などないのに。入店には厳重なチェックがあるし、変なものは持ち込めない。支配人はどこだろう。悪事を見逃してもらえているそいつがどんな人か見ておきたかった。

 

「あいつですよ」

ボブに言われてラウンジの方を見ると、アニーと同じくらいの年齢と背格好の男がいた。

「あれ」

ギルバートが行くはずだった施設にいた男だ。なるほど。妙に納得してしまった。

 

「こんにちは」

私が声をかけると、その男は立ち上がって私のところに来た。

「これはこれは」

 

良い人のレッテルを貼られたくない人種も世の中にはいる。悪ぶっているくせに施設に寄付したりね。でもそのわりには評判の悪い施設だった。誰が本当の悪人なのだか。そんなことどうでもいいか。居心地の良い施設なんてあったら、子供全員そこにいれたらいいだけになってしまう。早く出ていきたいと思えるようでなければ子供も育たないでしょ。

 

「ボスから目を離さないように言われたので、今日はお供しますよ」

そういって、支配人とボブと3人で店内を歩いて回った。

「なんやかんやと一日に一回はトラブってますよ。こういうところなんで」

客同士のいざこざやディーラーへの暴力などは絶えないそうだ。しかもヤクザだしね。声には出さなかったが、危険な香りがプンプンしていた。

 

「ちょっと、何やってんのよ」

 

女の声が響き渡った。支配人がボブに目配せするとボブが女の方へ向かった。半分夫婦喧嘩のようなものだ。だいたい、こんなところで一攫千金というか、儲けようと思って来る方がどうかしてる。微笑ましくみていたら、支配人がいきなり私の顔を掴んでキスしてきた。は?

人の気配を感じて、とりあえず成すがままに大人しくしていた。

 

「おい」

男の声だ。

「取り込み中悪いが、今日はボスは来ていないのか」

 

ようやく顔が離れたが、支配人は至って冷静に男に向き合った。

「お前、何しに来たんだ。ボスはこんな現場には来ない」

 

「だがボスの女が来てるだろう」

「知らん。明日来るとは聞いているが」

 

支配人が、私を背後に隠すのでそれに従った。

「お前たちのやらかしたことは犯罪だ。追放もやむを得ないだろうが」

支配人は強気だ。逞しい。というか、どうやらこの男はサムを殺そうとした3人の兄貴分の様だった。私が誰かわかったらまずい。支配人もそう思ってくれたようだった。

 

演技の下手なアニーがいなくて助かった。そう安堵している間もなく、男はどうやって持って入ったかわからないが、銃を出して「とりあえずお前も殺す」と言い、支配人に向けて発砲した。

 

私は、何故そうしたかわからない。そいつが銃を出す瞬間に支配人の前に出た。私なんかのために誰かがこれ以上死んだら、殺されたら、もう私は生きていけないし、幸せになんかなれるわけがない。支配人はアニーの腹心だ。私よりかは生きている価値はあるでしょう。これでいい。

 

銃弾は私の胸部に命中した。その後のことは、まったく覚えていない。いや、ボブが男を打ち抜いたのをみた。男は倒れ、私も倒れた。支配人の腕の中で、彼をアニーと錯覚していたかもしれない。

「ごめん、結局こうなっちゃって」

そうつぶやくと、私は今度こそ死んだ。

 

 

 

支配人は血まみれだった。何故こうなったのか状況が理解できないまま、彼女を抱きしめていたらしい。すぐに病院へ運ばれたが、俺が着くころにはもう医者も何もすることが無い状態だった。俺もいない、俺の女もいない、その状況で支配人に銃口を向けた男は、実際は真の復讐の相手に弾をぶち込んだことにも気づかずに死んだ。サムもケイもあっけにとられて、このエンドに放心状態だった。

 

支配人は正気を失っていて、ひたすら俺に「すみません」と連呼している。だが俺は誰も責めるつもりはない。あいつならやりそうなことだ。あいつはいつだって命を絶つ準備ができているのだ。俺がいるのに。子供たちもいるのに。本当に無責任なやつが。イライラしてきた。今度こそ、本当に鎖でつないで家から一歩も出すまいと誓った。生きていたらの話だが。

 

死んでしまったら、支配人も死ぬだろう。あいつも施設の出身で俺が拾ったようなものだ。ユキと似ているし、気も合うだろう。だからこそ今回あいつはとっさに庇った。それだけだ。あいつは命の恩人という立場を確立していく。支配人は俺に対してもそうだが、あいつにも一生の忠誠を誓うことになる。だから頼む。死なないでくれ。俺の子供を産んで一緒に育てるという約束を果たせ。

 

死ぬわけがないと思い込んできた女の命が消えそうになって、俺は恐怖を感じている。こんなにあっけないものなのだろうか。わけもわからず死んでいくやつはたくさんいる。死んだもの勝ちだ。残されたものはどうすればいいのだ。そうやって人は消えていく。いざ自分に廻ってくるとやり場のない怒りがこみあげてくる。

 

子供たちも、ヘタレもどこから聞きつけたのか来やがった。なんなんだ。本当に死ぬとでもいうのか。弾も取って輸血もして、心臓はまだ動いているんだ。死ぬわけがない。

 

先生がやってきた。

「ご存じでしたか。奥さん妊娠してますよ」

それを聞いて、俺は泣き崩れた。泣くのは初めてのような感覚だった。この感情は喜びなのか悲しみなのか、それさえもわからなかった。

 

 

 

 

気づいた時には、私は施設にいてそれまでの記憶が無くなっていた。生まれた時から家族などいなかったような気分だったし、実際、そうでもなければ施設なんかに入れられないと思っていた。何故か尊もいて、私はすでに一七歳だったからすぐに卒業した。普通に就職して生きていくはずだったが、尊が大学に行けと言ってくれて、それで大学にも行った。一緒に暮らしていたけど普通に恋愛もしたし、女子大生をしていた。ただ、アルバイトとして尊と一緒にいろいろと仕事をするうちに、いつの間にか付き合うようになった。兄妹から恋人になってからは、自分でも不思議なくらいに彼のことを信用できるようになった。

 

今思えば、あの古本屋に全てをコントロールされていたわけだが、尊が自由を求め始めた頃から方向が変わった。もうそんなことはどうでも良い。高所から落ちることでまた流産することになるかもとあの時は少し後悔した。でも妊娠したかもなんて口にしたらこのミッションは実行できなかったから。せっかく無事に生きて帰って来たのに、まさかこんな安全なところで殺されることになるなんて。

 

でも、これで良かったのかもしれない。結局、私は尊に利用されていただけかもしれないし、アニーだって単に仲間を増やしたいだけかも。私じゃなくても。どうせいつかは死ぬのになぜ生きるのだろう。子供なんかいたらろくな人生送れないじゃない。ああ。せめて日本の温泉宿でのんびり温泉に浸かってみたかったな。もしこの夢が覚めたらそうしよう。

 

 

 

「まだ寝てるの?」

ふと目が覚めると畳の上に置かれた座布団の上でうたた寝していた。

「あれ、何時」

「十七時だから、食事の前に風呂入ってくれば」

「うん」

「まったく、飛行機の中で仕事なんかするからだよ」

 

起き上がって周りを見渡すと、子供たちがボードゲームをしている。

「あ、テリーもお風呂入ったんだ」

「ああ、みんなまとめて俺が入れてきた。温泉、良かったぞ。さすが日本だな」

 

「食事、何時からだっけ」

「十八時だから、ゆっくり温泉に浸かるのは明日だな」

「だね、行ってくる」

 

そう言って私は部屋を出た。まだ頭がボーっとしている。浴場へ行くと、人がいっぱいだ。

とりあえず、体を洗うだけにするか。そう思って、さっさと体を洗った。でも少しくらい入ろうと、人の合間をぬって露天風呂の方へ向かった。

 

「さむ」

 

急いで湯に浸かるとホッとした。はあ。外の景色を見ているといくらでも浸かっていたい気分だ。明日か。

 

廊下でサムとケイにすれ違った。

「あれ、夕飯どこだっけ」

「なんとか広間だろ。早く来いよ」

「ああ」

 

部屋に戻ると休む間もなく食事処へ連れ出された。

「部屋の方が良かったんじゃない」

私が言うと、アニーが笑った。

「いやいや、部屋の中を汚されたくないだろ」

「たしかに」

 

私は二歳の息子を抱えて、忘れ物が無いかバッグを確認した。アニーは三人の食べ盛りの子供を促して廊下を歩いていた。なんだか大家族だな。全員私が産んだと思われているかも。なんて妄想しながら席に着いた。サムたちが居てくれて私もアニーも大助かりだ。珍しい日本料理を皆で食べる。

 

なんか夢みたいだった。そう、こういうのに憧れていたのかもしれない。皆がそろって。好きな人たちで、信用出来て、信頼されて、嘘なんか何もない。こういうの。幸せっていうのかな。私なんか絶対に経験できないと思ってた夢。自然と涙がこぼれた。そんな私に気づかないでみんな食事に夢中だ。ふふ。おかしい。

 

私の心臓の音が聞こえなくなった。

静かな、というのは違う。無だ。いよいよ尊に会える。やっとその時がきたんだ。

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