小説0
投稿日: 2025年5月4日
翌朝、私は疲れがたまっていたのか自分で起きることがなく、昼前くらいになってアニーに起こされるまでぐっすり眠ってしまった。子供たちはすでに学校へ出かけていた。私は母親らしいことなんてするつもりはないけど、朝食くらいは一緒に食べないとね。アニーとランチをしているときに懐かしい名前が出てきた。彼がデビューだのなんだの、変な話をしだしたからだ。
「レイって、結局どうなったの」
と聞いてみると、どうやら彼は三次予選くらいで落ちたらしい。そこにテレビ局から連絡がきて、私と二人で一曲出してみないかという話だった。ジョシュアが乗り気だったようだ。だからアニーも気に入らないし、私も正直まったく興味が無かった。そんなことよりもルイを記憶から消したいのに。いつもあの子が頭をよぎってしまう。
午後にサムがきてダンからの状況を教えてくれたが、あの界隈には把握しきれていない人が点在していて、しらみつぶしに当たってはいるが仮にそこにいたとしても本人が否定すればどうにもならないとのことだった。彼が大きくなったころに私が生きていれば、また対峙することはできるだろう。それも運命だと思うことにして、忘れようと誓った。
「デビューしないんだったらいっそのことケイみたいに警官にでもなるか」
サムが冗談ぽく言ってきた。私が返事をする前にアニーが遮った。
「彼女はやることがたくさんあるのだから無理だ」
「でもあいつ、ケイは結構楽しんでるぞ」
笑いながら言うので、私は安心した。ケイは居場所を見つけたんだね。悪事を働くよりは断然マシだ。
「私はしばらくはここで大人しくしてるよ。さっきみたらまた日本から依頼がきてたから」
午後は宣言通り、ホームページ作成に時間を費やした。子供たちが帰ってくるまでだ。
なんの気なしに口座をチェックしたら、一億円ちかくの額の入金があった。
「え」
一瞬、冷静さを欠いてのけぞった。相手を探っていくとどうやら誰かの遺産が舞い込んできたらしい。古本屋だ。他に心当たりもない。そこで初めてやつが本当に死んだのだと実感した。誰が手続きをしたのだろう。私の承諾もなくこんなことができる人がいるのだろうか。まさか、記憶から消したはずの子がよぎる。奴の財産はあの国か日本かに没収されるはずだと思っていたのに。
「ただいま」
2人が帰ってきた。私は階下に行き出迎えた。二人はまるで半年前から私と暮らしていたかのような態度で学校であったことを報告してくれた。アンはともかくギルバートがこんなに素直な子だったとは。アニーが二人の父親になりたがったのもわかる気がした。もう私は約束を無視しても大丈夫なのかもしれない。
二人が宿題をやっている間に、私はもう一度パソコンを開き、日本の弁護士に連絡を取った。一億円の扱いについて相談し、それには手を付けずにもしもの時にはアニーを相続人とした。夫婦だから当然だ。他にはアンとギルバート、どこにいるかもわからないルイの名前も伝えておいた。それから、ふと思い立ってパン屋のスミスさんに働かせてほしいと連絡した。彼はびっくりしていたが、快くOKしてくれた。好きな時に来ると良いと。
夕飯の支度をしようとパソコンを閉じかけた時、1件のメール着信に気づいた。
「Secondhand」というアドレスをみて瞬間的にルイからだとわかった。
ボスがあなたにも支払いをしろと言ったのでそうしました。クソみたいな人生にピリオドを打ってくれたお礼だそうです。
私は即座に返信した。だがもう届かなかった。追いかけたがあの国から発信されたかどうかも確証は得られなかった。はあ。とりあえず生きていることはわかった。私はキッチンへ向かった。同じ年くらいの二人を見ているとなんて幼いんだろうと錯覚するが、これが本来の子供なのだ。今日はボブもいないので、というかボブたちには休暇とかの概念はあるのだろうか。ヤクザにはないけど、きっとないのだろう。いつも何を食べているか聞いて、似たような料理をしてみた。どこか日本料理的な私の創作物を見て目を丸くしていたが、アニーが帰宅するとあっという間に平らげてくれたので安堵した。
「お前はいったい、何が出来ないんだ?」
とアニーが聞いてきた。泳げないことだけは伝えておいた。実際は泳げるが、水着に着替えて泳ぐとかそういうのは、潔癖症の私には出来ないという意味だ。今度みんなで海でも行くか。と提案してきたが「ノー」と即答した。泳がないって言ってるでしょ。
たわいもない平和な会話。こういうのが家族なのだろうか。経験が無いのでわからなかったがそうなのだろう。空気が読めなくて申し訳ないのを承知で話題を変えた。
「ルイを連れ戻しに行こうかと思ってるのだけど」
それを聞いたアニーは、頭を抱えてたまま返事をしてくれない。でも目は合わせたまま、じっとお互い黙っていた。
やっぱりそうきたか。あの国を出国する際もやけに執着していたらしい。サムから聞いている。ほっておけない気持ちはわかるが、危険すぎて不可能だろう。それにそいつの親であるあの貴族連中は、捜しているフリをしているようで実際は何もしていない。今回のことで警察から報告を受けて安堵していたくらいだからな。
「連れ戻したらまたうちで引き取るとでも?」
やっと言葉が出てきた。
「そう、それがいいのだけど」
彼女は自信なさげに答えた。子供一人増えるくらいどうにでもなるが、本人の意思に反して奪還しに行くというのは無理があるだろう。
「気持ちはわかるが、もう生きているかもわからないんだぞ」
「生きてはいる。連絡があったから」
「は?」
俺は口に入れた、良くわからないがわりと旨い肉料理を喉に詰まらせるところだった。
そんなことより、俺たちの幸せを考えてくれよ。無理な願いなのだろうか。
「ごめん」
私は思わず謝った。ルイからメールが来たことを打ち明けた。だから生きていると。迎えに来てくれというサインなのかもしれないじゃない。とりあえず明日、サムたちに相談してみるということで食事は終わった。
子供たちが自室へ入ると、アニーがカジノの状況を少し話してくれた。今のところ順調にいっているらしい。そして悪夢もみることなく眠りについた。もちろん約束は忘れていない。いつか彼と本当の家族になりたいと心から思うこともあるのに、どこかに不安が混ざっていた。
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