小説0
投稿日: 2025年4月13日
口から血を吐いている古本屋が何か言おうとしたが、もう言葉になっていなかった。
ルイを捜さないと。一緒じゃなかったのか。ついでに悪の芽は摘んでしまいたかったのに。私の仕事ではないか。ふらふらとまたテラスへ向かい、下をみた。この国の警察がとうとう動いたのだろうか。案外ここの連中も大人数だ。ドンパチしているのを眺めていた。どうせ私も殺される。その時、懐かしい声が聞こえた気がした。
「え?」
もう一度気力を振り絞ってみてみると、サムらしき人が戦っているようにみえた。私はライフルを構えて、スコープで彼をみた。
「嘘でしょ」
何やってんの?危ないでしょ。今にも撃たれそうになっている彼をみて私は狙いを定めた。三人の頭を撃ちぬいた。私は倒れている男が弾を持っていないか確認した。あと一発しかない。
壁にもたれかかって、その弾は自分のために取っておくことにして目を閉じた。さっき古本屋の弾がどこかにあたったのだろう。いつの間にか自分の脇に血だまりが出来ていた。
いよいよだ。この日がきた。やっと許可がおりてかの国へ乗り込むことができる。
必ずいるはずだと確認している。身代金が必要になった時はアニーが出すと言ってくれた。俺とケイは同じ飛行機で向かった。他に仲間はいない。あとは現地の警察と協力しなければならない。こんなよくわからないミッションに他の仲間を連れて行くわけにはいかない。
あの貴族の息子のルイは、調べれば調べるほど胡散臭いガキだった。妙に大人びていて親も恐怖を抱いているほどだった。サイコパスの素質かあるのだろう。飼い犬を殺したこともあるらしい。だからガキの両親は捜査に非協力的だった。もしかしたら自ら事件に首を突っ込んだのかもしれない。だが、そう考えると彼女は大丈夫なのか不安がよぎる。所詮六歳のガキに何ができる。大丈夫だ。
現地の警察も、近年勢力を増してきているその組織をここらへんで排除したかったということだった。到着した日、状況を確認したかったが敷地内がどうなっているかは当局もまったく把握できていなかった。その夜は警官の一人とケイと三人で食事をした。何故かイギリスの食事よりも旨いことにケイが大うけしていた。そいつはダンと名乗った。他の十人ほどはさっき紹介はされたが覚えきれていない。ケイが覚えただろうから当日の相手は任せた。ダンには人質二人には危害を加えないように再度頼んだ。たとえあっちの仲間のように見えたとしても。
「オーケー。一人はチビで一人は女だろ。大丈夫だ」
ダンはそう言ってくれたが、彼女がどんな姿をしているかも想像できなかった。翌日、白昼堂々、乗り込んだ。もはや戦争だ。向こうの方が長けているのかもしれないが、そんなことは言っていられない。必死で先を進んだ。どこが本拠地かもわからない。ボスはどこにいる?そして意外と弾は相当に飛んできた。防弾チョッキ程度では済まないかもしれない。
「やられる」
そう覚悟したとき、銃声と共に目の前に迫った敵が倒れた。二人、三人。一気に倒れて道が開けた。誰かが援護している。どこだ?どこから?俺は周りをみたが遠くに塔が見えただけだった。ケイが水を得た魚のように撃ちまくっているのをみて、あいつは自分が警官だということを忘れてやしないか心配になった。
「あの塔が怪しいな」
ケイが言ったが、まさかあそこにユキがいるとは思えない。あんなところから頭を撃ちぬけるのか。違うだろう。と俺は首を横に振った。
「絶対、あそこだって。この距離はあいつの得意分野だ」
それを聞いて、反論するのを諦めケイに従った。どうやらそろそろ終わりそうだ。ここの警察も腐っても警察なのだなとダンをみながら感心した。
「ここは任せろ」
ダンに言われて俺とケイは塔へ向かった。
「どうなってんだ」
入口がみあたらない。なるほど、確かに閉じ込めるに適した造りなわけだ。
「やっぱり無いな。上に行けば下り方くらいわかるかも」
そう言ってケイが塔をよじ登り始めた。おいおい。少し様子を見ていたが、登らないわけにはいかない。上にはまだ敵がいる可能性もある。随分静かにみえるが。本当にあいつはいるのだろうか。
銃声がしかなくなった。どっちが勝ったのだろう。サムたちが負けることは考えにくい。この集団も終わりだろうな。ここが見つかるわけないからそろそろ私も終わりにしよう。この半年でいろいろ考えることは出来た。もう満足だ。親のことも知ることができた。
ライフルに手を伸ばした。ライフルが重くて持ち上がらない。こんなものに頼らなくてもそのうち死ねるだろう。手を離してまた目を閉じた。
「おい」
ああ誰かが呼んでる。サム?どちらかと言うとケイ?というか日本語だ。目を開けるとケイがいた。同時にどこかから人の息遣いが聞こえたかとおもったら、誰かがライフルの上に落ちてきた。サムだった。
「やあ」
二人とも久しぶり。でも再会を喜んでる時間はもうないかもしれない。サムが下りる術をさがしているうちに、ケイが私の脇腹に手をあてた。
「誰にやられたんだ?」
「あいつ」
そうだ、言わなければ。私が指さした方に古本屋が倒れていた。
「ごめん。私が一人で復讐しちゃった」
もうこれで今までのことは忘れよう。そう言いたかったのだが、言葉が出ていなかった。
ケイは聞いているのか無視しているのか、腹部の出血を止めるのに必死だった。どうでもいいのに。これでぐっすり眠れる。
「おい」
この部屋の出入口の向こう側に、下に下りるルートがあった。ただし、また開閉にパスワードが必要だった。
ユキのところへ戻ると、ケイが冷静さを欠いているのがわかった。
「早く病院に運ばないと」
「パスワードがないと降りられん」
「またパスワードかよ」
俺がこいつを運ぶからと、ケイをそっちに行かせた。あいつなら簡単に開けられるだろう。ここにはもう二度と来ないだろうから、可能な限り記憶に留めておきたかった。ガキが見当たらないが捜す必要もないだろう。もう意識のないユキを抱えてケイのところへ向かった。
「どうだ」
ああ、そう言いながら何度か解除を試みているようだった。
手ぶらの状態でパスワードなんかわかるわけがない。やつが生きているならまだしも。
「壊した方が早いんじゃないか」
俺は部屋に落ちていたハンマーのようなもので破壊してみた。エレベーターの扉が開いた。ケイが苦笑いしながら先に乗り込んだ。大丈夫そうだ。途中には何もないただの塔だった。ドアが開いたので外に出ると、扉が閉まった。その壁は外からはまったくドアには見えず、しかし小さな石のボタンはあった。
下に向かったらダンが救急車を手配してくれたいた。俺たちと入れ替わりに現地警察の人間がエレベーターに乗り込んで上がっていった。後で状況報告くらいきけるかもしれない。
ここの病院がどんなだか、多少の不安はあるが医者ともいえるケイもいるし大丈夫だろう。ケイは相当不安なのだろうか。いまだに動揺がみてとれる。だが俺はこいつが死ぬなんて想像もしていない。そっと頭に手をふれた。あのときの傷がうっすらと残っていた。俺のせいで出来た傷だ。今くらい触れていたって誰も文句言うまい。
「任せたぞ」
二人を病院内に見送ってから、俺は電話をかけた。アニーに状況を説明した。自国の警察よりも先に関係者に電話をするなんて俺も人が良すぎるかもしれない。
「恩に着る」
そういってアニーは言葉を無くしていた。
「これで、貸し借りなしだ。フェアに戻る」
そう言ってみると、やっと返事をした。
「夫婦だぞ? ハンデがありすぎてすまんな」
「名ばかりの仮夫婦だろうが」
「俺たちは約束もしている」
「はいはい冗談だ」
正直、冗談を言っている場合ではないのだが余計な心配はさせない方が良いと思った。死にはしないだろうが、彼女の中身はこの半年でどう変わっていてもおかしくない。洗脳されているかもしれないし、記憶が消えている可能性もある。塔で発見したときも俺を認識していたかどうか。名前を呼ぶこともなかった。
予想通り、翌日には三人で出国できた。あの国は危なっかし過ぎた。ダンはいい奴だったが他の連中はただのゴロツキにしかみえなかった。近くの友好国で休養することにした。彼女はまだぐったりしていたが、歩行はできるし、ホテルに着くや否やシャワーを浴びた様だった。ケイが手当するから大丈夫だろう。俺から見るとあの二人は単なる幼馴染にしか見えなかった。
「なんだかんだ仲が良いんだな」
平気で腹を見せていられるのもケイが医者だからだろうか。
「なんだかんだ体の相性はいいからな」
ふふっと笑ってケイが言うので俺は目を見開いた。
「ちょっと、変なこと言うのやめてよ」
彼女が口を挟む。
「変なことって」
悲しそうにケイに言われて「しまった」的な表情をした彼女をみて、どうやら俺だけがこいつのことを知らないんだと確信した。
「おまえら、そういう関係だったんか」
苛立ちと共に言ってみたが、口をそろえてそこは否定してきた。どうなんってんだ。まあ過去の話だ。アニーが聞いても驚かないだろうよ。
「身体がなまっちゃって」
動こうとする私を二人が静止するので退屈な滞在となった。
ルイについては、遺体もみつからないらしい。逃げるにしても一人でどこに行くというのだろう。と、サムたちは他にも逃げたやつがいると思っているが、あの子はおそらく一人のほうが生きやすいはずだ。今頃どこかの家にうまいこと入り込んでいそうだ。
「あの子は賢すぎるから大丈夫だと思う」
そういって話をそらした。
二人に何度もお礼を言ってはいるが、
どうしてもアニーのことが聞けなかった。私から聞けば話してくれるのだろうけど、私はいっそのことイギリスに帰らずに日本に行けるか考えていた。
「私の立ち位置って、今どんな感じなの?」
思い切ってサムに聞いてみた。私たちはこのホテルで同じ部屋にいる。もはや家族を通り越してそれ以上の関係のような気がしている。ケイと私は医者と患者の関係だし、サムは同士だ。
二人がどう思ってるかは知らないけど、アニーは、やはり特別なのだろうか。勝手に巻き込まれて、一番の被害者。申し訳なくて、合わす顔も無いのが本音だ。
「立ち位置って、イギリスにいるヤクザの妻だろ」
「捜索願いも出てるしな」
ケイが割ってきた。
「そうだ、ケイは何してんの」
「やっと俺の話題か」
ケイは得意げに医者をやめてから行くえをくらまし、ケイとしてサムの部下になったのだと話し始めた。なるほど。今は警官なのね。
「あなた、もう目的は果たしたのだから日本へ帰れば」
「おまえと一緒なら帰ってもいい」
そう言ったので、つい口にしてしまった。
「私も日本へ帰れるかな」
二人が「え」という顔をして私を見た。
「なんで。あいつとの約束は」
サムが言うので、やっとアニーの話になった。彼は私が押しつけた子ども二人の世話を焼いて過ごしているらしい。養子にするのに私の同意を待っているところだそうだ。
私がいきなり二児の親?まさか。でも現に彼は子どもと暮らしている。なんか申し訳なくて本当にどうしたら良いのかわからない。今が落ち着いているなら。私が戻ることでまた面倒なことが起こるかもしれない。三人の中に入っていけるのかも不安だ。半年は長いのだ。
私でさえルイにある種の愛?母性?が生まれ始めたのだから、彼にとって二人の子供はもう私以上になっているはずだ。こわい。私より長い期間を過ごしているわけだから当然だろう。会いたいけど会いたくない。
それに、一度日本に帰っておきたかった。住んでいたマンションも借りたままだし、もったいないだけだ。それに、こんな傷だらけの状態で会いたくない。なんで会いたくないんだろう。何が一番の原因なんだろう。
黙って考えているとサムが申し訳無さそうに言った。
「どこに帰るにしてもあいつに会ってからだろうな」
その日は久しぶりにぐっすり眠ったが、朝にはまた夢を見た。今度は家族の夢。父と母と私。これは現実だったのだろうか。父の仕事を後ろから見ている私をその後ろから眺めている母。三人で、画面をみながら「あーだこーだ」言ってる。
私、あんなに幼いのにわかっているのだろうか。父の仕事を理解していた。自分がルイに見えた。ルイは自分から古本屋を選んだけど、私は両親を殺されて古本屋に拾われた。経緯は違うけど末路は同じなのだろうか。だとしたら私はどうすれば。幸せになりたいと思うのは身勝手なのかもしれないがルイは今、幸せだろうか。
ふっと起き上がると、無意識のうちにシャワーを浴びた。なぜ私はシャワー好きの潔癖なのか、その理由がなんとなくわかってきた気がした。