小説0
投稿日: 2025年3月30日
四人が乗った車は予想通り、管制塔へむかっていた。
「お金も要求するんじゃなかったっけ」
私がぼそっと言うと、男が言った。
「俺もボスも金には興味ないからな」
計画通りということか。この状態で私に何ができるだろう。もう気力もない。この子もどこの国からさらってきた子なのだか。どうせ親なんかいない子なんだろう。無事に古本屋とどこかへ帰ったとして、さっきの子と同じように育てられるのだろうか。もしかしたらここでの捨て駒になるのかもしれない。一人も二人も変わらないか。アニーが引き取ってくれたらいいけど。
古本屋がサムに管制塔の人間をすべて外に出すように言ったのだろう。中からぞろぞろと人がでてくるのが見えた。いい加減、他の関係者にはバレただろうがまだパニックにはなっていないようだ。全ての便がシステムトラブルかなにかと言い訳されて停止しているはずだ。着陸も他の空港へ回せるものは回して、数機上空をぐるぐるしている。私がここに着くまでの数十分の間にここまでやってのけたのはさすがだ。はやく済まさないとこっちが何もしなくても飛行機が落ちてくる。まったく、こんな状態でふざけるな。悪態をつきそうだった。
私を席に座らせると、男は手錠を外した。耳につけられたイヤホンから古本屋のささやき声が聞こえた。
「では、お願いします」
上空に残っているすべての飛行機を落とせという。その三機は指示を待っている状態だった。非常事態だということはわかっているだろう。機長らも自力で降りてくることになるのは覚悟しているはず。正直、私は目も開けられない状態なのに。薄目で周りを見ると子供に銃を向けた男と、私に銃を向けた男、それ以外は誰もいないようだった。サムは見ているだろうか。私を。
「おい、早くしろ」
はっと我に返った私は、仕方なく両手をキーボードの上に置いた。三機のシステムを操作し、最後に燃料のメーターをほぼゼロにした。もっと時間がかかるかと思ったが、思いのほか、順調だった。だが残った時間でやることはあった。古本屋のいうところの私の記憶とは何なのだろう。思い出せないとしても飛行機を落とせばいいのであれば記憶は必要ない。でも無意識のうちに手が動いているは不思議な感覚だった。一時間もかからなそうだ。
「終わった」
そう言って私は古本屋の返事を待った。
「ご苦労様。では戻ってきてください」
「その前にここのむかつく連中を始末していい?」
日本語で言った。男どもは日本語はわからないと踏んでいたが、万が一聞かれてもここのスタッフのことだと勘違いしそうなバカだから大丈夫だろう。私は手をデスクの下に潜り込ませ貼り付けられていた銃を取った。サム、ありがとう。
「別にあなたが戻ってくれば構いませんよ」
それを聞いた瞬間、やることがなくて暇そうにうろうろと入口付近にいた男の頭を撃ちぬいた。子供といた方の男がこちらへ銃を向けたが、私を殺す指示がでていないためか固まっている。再び子供に銃が向かないうちにそいつの頭にも弾を送った。
子供においでという仕草をしたら、素直にこっちに来た。
「名前は?」
「アン」
アンなんてこの子も男の子なのに可愛い名前。それにこないだの子はギルバートだし。
手を貸してくれる?そう言って、彼の手を持って立ち上がった。外に出るとサムが近寄ってきた。
「大丈夫なのか」
「この子、アンっていうんだけど、アニーによろしく言っといて。簡単でしょ。」
車に乗り込み、自分で運転して駐機場へ戻った。
いきなり銃声がして突入すべきか迷ったが彼女を信じて下で待っていた。彼女ほどではないだろうが、生きた心地がしなかった。数分後、出てきた二人をみて何故かほっとした。生きている。まだ。
人質なのかもわからない子供を託され、彼女は駐機場へ戻っていった。管制塔へ入ると、男が二人とも死んでいた。一刻を争う状況なので、すぐにスタッフを中へ入れ、状況を確認させたが、システムはどうにもならないようだった。飛行機は落ちるのか。
ここへきてやっと、空港にいる人間に避難命令が出た。パニック寸前だろうが、飛行機がどこに落ちるかもわからない。今は上空の三機をどう無事に着陸させるかが問題だ。古本屋が金と引きかえに解除方法を教えるかもしれないと、要求を待ったがそれはなさそうだった。結局、なんの主張もないただのサイコパス。あいつの言う通りだということか。くそ。
「その子も降ろしてあげてくれない?」
ハッチを閉める前にダメもとで聞いてみたが、無視された。やはり二人殺されたことに腹を立てていたのだろうか。代わりに私がセットしたシステムを稼働させてしまった。
「では帰りましょう」
そう言って動き出した。このまま逃げ切れるのだろうか。もしかしたら今度こそ撃墜されるかもしれない。金さえ出せば守ってくれる国もあるらしい。その国までは数時間。どうでも良くなった私は、全身の痛みより睡魔の方が勝って眠ってしまった。いっそまた記憶が無くなっていればいいと願いながら。
駐機場からやつの飛行機が出たと連絡が来た。外もみると滑走路を加速していく飛行機が見えた。あいつも乗っているのだろう。子供は降りたのか?俺が叫んでいると、システムが動き出した。このままでは本当に大惨事が起きてしまう。スタッフが必死に解除を試みているが、三機と連絡すら取れない。
「どうなってる」
「それが、パスワードを要求されてるんです」
びっくりした様子でこちらを見た。でもどうにもならないと。やみくもに入れるわけにもいくまい。俺の管轄外だ。他の連中もしかりだ。サイバー犯罪課のやつもいたが、わざわざパスワードを要求するようにした理由がわからないと、どうにもできないとお手上げ状態だ。
俺はケイに電話をかけた。
「あんた、パスワード聞いてないのか?」
ケイが言った。
「ええ?なんで俺が」
「あいつが言ってたこと、思い出せよ」
「そんなこと言われたって」
俺は馬鹿なんだ。勘弁してくれ。なんだって?記憶をたどってみる。思い出せないことがこんなに苦しいなんて。ああ。ケイによるとパスワードはおそらく二回までは間違っても大丈夫だろうということだった。三回目でアウト。
「もしもし」
アニーだ。空港がパニックになって飛行機が飛ぶのをみたらしい。
「なんだ、こっちはまだ話せない」
「どうなってんだ?あいつは無事なのか」
ちっ。俺を殺すなら殺してくれ。
最後だからついでに言っておくか。
「そういえばお前に伝言があった」
「約束は守るとかなんとか、いや、約束を忘れないでくれ、だったかな」
俺にも覚えていろと。どういうことだ? だったらパスワードはこれだと言っておけばいいじゃないか。もしうまくいかなかった場合、まったく意味のないものになるのが怖くて言わなかったのだろうか。期待させないように。こんなときまでスリルを、俺にも味合わせてくれるのか。
「おい、約束ってなんだ」
「約束?そりゃ言いたくないが。」
もう時間が無いんだ。カウントダウンが始まってる。あと五分しかないんだ。三機から燃料が放出されている。自力で着陸すればいいだけなのだが、おそらく操縦不能になっている可能性が高い。
「教えろ」
「俺の子供を産むという約束だ」
「子供か」
CHILD キーを叩く。ダメだ。子供たち? いや違うだろ。ダメだ。なんなんだ。あと二回。
なんで俺なんだ。だがここにいる誰にもこたえられない。彼女の最後の言葉を思い出した。
簡単でしょ。
EASY か?
「おい、easyとpromise だとどっちだ?」
こいつにも責任をとらせてやる。
「そりゃお前だけに言うわけないからpromiseだろうが」
スマホを投げ捨ててPROMISE と叩いた。カウントダウンが止まった。
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