小説0
投稿日: 2025年4月4日
あの事件から半年が過ぎた。やつらの消息は不明、おそらくあの無法地帯の国で拠点を構えていたのだろう。外交があまりないから交渉の手立ても少ないが、必ず助けにいく。仕事の傍ら、仲間の協力も得ながら機会をうかがっている状態だ。仲間と言えば、あの医者は医者を辞めて、どうやってもぐりこんだかは不明だが、日本人になって俺のいる部署に警官として赴任してきた。今度は本名のケイで。本気度がうかがえる。
「わかってると思うが、仮に救出できたとしてもあいつはアニーのものなんだぜ」
「別に俺はもうあいつと結婚したいとか考えてるわけじゃない」
この嘘つきめ。
「俺にはまだ古本屋を殺すという使命が残ってるだけだ」
「だろうな」
俺はこっちの問題も抱えているわけだ。復讐劇に加担するわけにはいかない。アニーはいきなり二児の保護者になって、悪事も働けずに真面目に仕事をしているようだ。こっちは結果オーライというところか。あいつも律儀な奴だ。ジョシュアはこの事件にユキが関わっていることもしらない。日本へ帰ったと思っているらしいが、珍しく新しい彼女も作らず、浮いた話もない。それはそれで、また一波乱ありそうだが、まずは彼女を助けなければ。
その無法地帯の国の端に古本屋の拠点があった。その真ん中にある塔のような建物の最上部に私はいた。こんな出入口のないところに監禁されてどれくらいの日数がたったのかもわからない。
「ラプンツェルじゃあるまいし」
つぶやくと返事が返ってきた。
「じゃあ僕はさしずめあのカメレオンみたいなもんだね」
「名前なんだっけカメレオン」
「忘れた」
貴族の跡取りにしては本当に冷静な子供だ。
「ルイ。家族が恋しくないの」
「別に。」
クールなんだよね。でも彼がいるおかげで正気でいられるような気がする。なんとか親元へ帰してあげたい。変なことに巻き込まれないうちに。
気がついたらここにいた。古本屋が丁寧な言葉遣いをやめていて、私を責め立ててくるところをみると、どうやら三機の落下は免れたようだった。
サムがデスクの下に銃を貼り付けてくれていたおかげで男二人をやれたが、銃を持って出ていくとまたこっちが撃たれかねないので手放した。車の中の銃を手にもって戻ったが、それは秒で叩き落とされてしまった。もう疲れ切っていたのだからしょうがなかった。
おまえの父親が作ったコードを知っているのはお前だけ。お前は最後までそれをみていた。
おまえの父親が、コードを知りたければ殺せと言ったので殺した、コードも消えた。
おまえは母親も目の前で殺され、記憶をなくしたお前を連れて帰ったのは私だ。お前の父親がうえつけた記憶を差し出すまでは殺さない。
そういって私の腹の弾を取り出して怪我の手当をした。
要はここからでも世界中の飛行機やらを落とせるようにしろということらしいが、そうそう簡単にできるはずない。父親という人だって数年かかったらしいじゃないか。思い出せるわけもなく、そのうちしびれを切らしたやつが、また極限状態を作ろうとするかもしれない。
はあ。どうしたものか。今度はルイが私のコードを覚える日がくるのだろうか。今も後ろでじっと私をみている。他にやることもないからしょうがないか。
でもルイは古本屋のことを気に入っているようだ。それが少々気になるところだ。私みたいな人生を歩んでほしくない。君はいいとこのご子息なんだから。家に帰った方が良いよ。そう言うたびにふてくされる。もしかしたら私を監視する役目をすでに与えられたのか。面倒くさいことにならなきゃいいけど。それにしても明日の天気すらわからない毎日をいつまで過ごせばいいのか、必死に何かを完成させてさっさと殺された方がマシなのかもしれない。その時が最後のチャンスだ。
幸か不幸か、ルイがいるおかげで誘拐事件は終わっていないはず。この国へ引き渡し要請もしていることだろう。少なくともルイだけでも帰国させたい。ある意味、彼はまだ人質なのだ。ルイさえいなければ違った行動ができたはずなのに。飽きて眠ってしまった彼に毛布をかけた。いざというとき、この子は誰の味方になるのだろう。どっちを選ぶか、想像できない。
でも結果はあっさりしていた。ここはもう秋だ。逃げた時に暑すぎても寒すぎても体力が消耗するだろうから今がチャンスだった。だが、ルイに計画を話してしまった。当然だ。彼を置いて行くわけにはいかないし、協力してくれないと成功できるはずもない。どうやって彼がボスに報告したのか。その日からルイは古本屋と一緒にいるようになり、私は一人でこの塔に残された。
やはり気力が持たない。薬漬けにされた中毒者のような堕落した生活が始まった。守るものがないというのはこういう感じなんだろう。前回はどうやって立ち直ったんだっけ。
もう誰も私のことなんか覚えていないだろう。交渉が成立したとしてもルイが無理やり戻されるだけ。彼が自らそのへんの園児と一緒に出掛けた理由は、すでに古本屋とコンタクトを取っていたからかもしれない。そもそも、六歳のガキが私のコードを理解している時点で勝負がついていた。はあ。
ある意味、やっと自由になれたのかもしれない。そう思って地上をぼんやりと眺めていた。やはりここはそんなに高所ではない。落ちたところで知れている。逆に飛び降りて逃げることも可能かもしれないが。足の骨くらい折れるかな。どっちみち悲惨だ。
良く見ると、下の方がいつもより騒がしい。久しぶりに目に注力して遠くの建物に焦点をあてた。
「え?」
何やら銃撃戦が始まっている。人の動きをみようと身を乗り出したところで、突然部屋に入ってきた連中によって引きずり込まれた。古本屋。
「ちょっと大人しくしていてください」
そいう言って近寄って来たため覚悟を決めて脇の連中を張り倒した。片方が怯んだのでライフルを奪ってもう片方を殴った。二人くらいならなんとかなった。古本屋は無視して、さらに部屋に入ってきた男をライフルで撃った。古本屋が変な注射器を捨てて銃を構えた。たぶん私の方が先だ。
「おまえ、私を殺ったらお前を守る者がいなくなるぞ」
「大丈夫、私も死ぬから」
そいういって引き金を引いた。なんだろう。この人は私を殺せない。ルイがいるのに。ルイはどこ?
「ルイは?」
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