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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2025年3月30日

「久しぶりですね」

そう言って近づいてくると、私を席に座らせた。一度しか会ってないので、懐かしい感じはしない。

「暇なときはあなたを捜して見つけてみていましたからね」

今回は私がいきなり出国し、それが忙しい時だったので見失っていたそうだ。

「ケイがあなたを追いかけてくれたので助かりました」

「いろいろ積もる話があるのかもしれないけど、とりあえずあの子たちは解放して」

 

こんな狭いところに何人押し込んでるんだか。荷物じゃあるまいし。奴もそれは思っていたらしく、案外すんなりと応じてくれた。良い人そうな雰囲気なのに。どういう育て方をされたらこうなるのだろう。私もだけど。

一人の子供を残して全員を外に出した。機内にいるのは操縦士とさっきの男と、裏にまだ数人いそうだ。私は聞いてみたかったことを訪ねた。

 

「なんで彼を殺したんでしょう」

 

古本屋は「邪魔だったから」とだけ言って、私の耳元でささやいた。

 

「私とあなたは似ていると思うのですが、どう思います」

「残忍なところは似ているかもね」

私が言うと、衝撃の一言をつぶやいたのだった。

 

「私があなたを育てたのだから当然でしょうね」

 

はあ。そういう茶番な感じ嫌いなんだけど。真に受ける振りでもした方が良いのか迷った。反応しないでいるとさらに言ってのけた。

 

「あなたの両親を殺してしまった負い目もあってね」

 

途端に頭痛が襲ってきた。記憶がかき乱される。親はその生死に関わらず誰にでもいる。私には気づいたときには存在していなかった。でも記憶があるときの年齢を考えると、わりと最近まで一緒にいたのだろうか。

 

「そんな理由じゃないでしょう」

「わかります?私はあなたの記憶が欲しいだけですよ」

「思い出そうとして思い出せることではないでしょ」

「でも今回は思い出してもらいます」

 

急に怒りが込み上げてきた。父親はやつのために何かを作っていたらしい。でも完成したら家族全員殺されるのを知っていて、完成後にデータを全部消去した。普通は物理的に隠す以外、貴重なものを守ることはできないが、古本屋は父親が娘の私にそのデータを残したと思い込んでる。私の頭の中にあるって。面白いことを言うおじさんだ。

その瞬間、感情が勝ってしまい古本屋を頭突きした。この子には悪いけど気がすまない。いっそ今、殺してくれ。さっきの男が瞬時に私を引きはがし、奥から二人出てきた。これで全員か、戦力外の女を殴る男の気持ちってどんなだろう。

「やめろ」

ボスに言われて、私はまた座らされた。

「で、あの子を人質に取って何をするつもり?」

かろうじて声に出して言ってみたが、古本屋は予想外の話をした。

「あの子は賢そうな子だろ」
一人になっても何もせずじっと耐えている。確かに子どもにしては違和感があるくらいだ。まさか連れて帰るつもり?

「だったらこのまま離陸して帰りましょう、あなたの家へ」
「それじゃつまらないだろう」

どうやら飛行機数機分の命と引換に金を要求するつもりらしい。結局、金?それで何がしたいんだか、楽しんでいるだけかもしれない。規模が違うが私と似ているというのはそういうところか。

「ふ」
思わず笑ってしまった。知りもしない親のことを聞かされて、それを信じて頭にきて。しょっちゅう記憶をなくすのに到底人間の領域を超えたデータを私が覚えたとでもいうのだろうか。確かにそういう人がいるようなことは聞いたことはあるけど。



いてもたってもいられないアニーが空港まで来てしまった。彼女の状況を軽く説明しておいたが、もし見たら何をするかわからない。とりあえず大丈夫だからと空港内のホテルで待ってろと無理矢理さがらせた。あいつは素人ではないが警官でもない。

携帯が鳴った。
「ハイ」

「車を一台、用意してくれ」

 

主犯の男か。

「車だと?何が望みだ、何を要求する?」

「子供を殺されたくなかったら黙ってみていてください」

「子供はいつ解放する?」

「五分でお願いします」

電話を切られた。車を用意させた。この車にも一応しかけておくか。座席の下に銃を忍ばせたが、敵に気づかれないようにするとあいつにもわからないかもしれない。そこは深く考えないようにしておこう。

 

ハッチが開き、中から子供と男が出てきた瞬間、俺は絶望の淵に立たされたような気分になった。貴族のおぼっちゃんのはずが、何者かもわからない子供にすりかわっていた。さっきの話では、確実に人数を合致させていたのに。どこからわいてきた子供か。他にも人質がいるということだった。

もっと最悪なのは、続けて出てきた男がわきに抱えてきたのが生きているかもわからないくらいの彼女だった。様子をみていた全員が息を飲んだ。

 

テロらしい誘拐事件と判明してから、空港自体を閉鎖すべきと主張したが、まだ公にする必要はないと判断されて極秘にこの駐機場だけが閉鎖されていた。今も離着陸する飛行機が滑走路を行き来している日常のままだ。

 

どうみても抵抗できる状況ではないのに、後ろに手錠がかかけられた彼女をみて、もうだめかもしれないと今朝話していたことを思い浮かべた。いくら結果的に大勢の人の命を救うことになっても、一人を意図的に犠牲者にすることには反対だ。だが彼女はそっちを選べと言っていた。それは自分がその一人になっても変わらないのだと。本当か?

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