小説0
投稿日: 2025年3月22日
どこかからのプライベートジェットが一機、空港に降りたという情報をケイが持ってきた。所定の場所につけてから、まだ誰も出てくる気配がないという。
「俺の見たのと同じ機種なんだよな」
「じゃあ誰のか調べてみる」
私はそう言って、パソコンを開いた。まだ通話は切れてなかったのでケイの声が聞こえてきた。
「あいつだったとしても、勝手に動くなよ」
わかったわかった。約束はしないけど。
「でも、名前や素性がわかったところでそいつだと特定はできそうにないよね」
結局は相手の出方次第なのだろうか。それでは負けてしまう。でも、負けるとどうなるのだろう。殺されるのか。
「おそらくあいつの目的はおまえだろうな」
「なんで」
「お前しか出来ない仕事でもさせたいのじゃないのか」
「なるほど」
仕事って、どんな悪事を望んでいるんだか。まだお金が欲しいのか、単に人を殺したいのか、人物像がまったく読めない。でもそれなら復讐するチャンスはありそうだ。悪さする前に殺すしかない。結局、私?なんで。私程度の人間なら他にもいるでしょうに。
「万が一の時のために、銃を用意しておいて」
サムに電話をかけた。
「忙しいんだ。悪いがしばらく連絡できないかも」
そいう言って切ってしまったが、良い選択だったろうか。さすが情報が早いな。怪しい飛行機がこの国に入ったのは知っている。誰も出てこないが、とりあえずは誘導に従って専用の駐機場に入ってそれきりだ。警備隊が取り囲んではいるが、中に病人がいるらしくしばらく待機するからお構いなく。という連絡だけが残されている状態だ。事件が起きたわけでもないから完全に非公表状態だ。
まさかあれがそのプライベートジェットなのだろうか。
だが今日が忙しいと言ったのはこれが原因ではない。市内で園児二十人が乗った観光車両が行方不明になっているのだ。どうやら乗っている子供の中に上流階級に属する子供がいるらしい。まったく誰のガキだ。なんでそんなバスに乗っていたのだか。社会勉強か。やっかいな事件になりそうだ。
警察官総動員で捜しているが何故かみつからない。監視カメラにもどこにもいないのだ。
結局、相手の出方次第という待ちの状態が続いている。お偉いさんがいくら警官のケツを叩いても無理なものは無理だ。事件はこれだけじゃないのだから。俺はあいつが無茶をしないように見張る義務もある。自分がタフな男で良かったとつくづく思える瞬間だ。
「おい大変だぞ」
同僚が電話してきた。早速、犯人からコンタクトを取ってきたらしい。やはり身代金目当ての誘拐事件か。
「犯人は、女を連れて来いと言っている」
「女?」
どの女だ。刑務所にいるテロリストか。それとも元妻とか。くだらない。
「カジノ王のところにいる女だと」
「ユキか?」
「らしいな」
なんてことだ。しかもあのジェットまで連れて来いと言っているだと。つながっているわけか。
目的は何なんだ。まさか女一人を得るために?いや、テロリストなら仲間を救う手段としての誘拐はあり得るが、仲間だと?
電話を切ってすぐにかけた。
「今度は何だ」
「ユキはいるか」
「目の前にいる」
「聞こえないところまで離れてくれ。話がある」
アニーに状況を話し、絶対に家から出さないように頼んだ。
「直ぐにそっちへ向かう」
正午までに要求が実行されなければ子供の一人を殺すという。その一人がお偉いさんの子どもじゃなくたって差し出す方向だろう。当然だ。
「私は別に構わないけど」
実はアニーよりも先に情報を得ていた。アニーもサムも一瞬驚いたような顔をしてこっちを見たが、ケイの仕業だと理解したら直ぐに本題に戻ってくれた。
私と人質全員が交換されるわけではない。それに、私を使って何か大それたこと、例えば飛行機を落とすとか。そうなれば初めから少数の犠牲で済ませた方が良い。今止まってる怪しい飛行機を爆撃でもした方がマシだろう。
自分がその対象だと、そういうことはなんだか言いにくい。私は命が惜しいわけじゃない。
私が大量の罪のない人を殺るのが嫌なだけだ。でも、何かしらチャンスはあるかもしれない。わからない。
ギャンブルの経験はないから二人に決めて欲しいけどそれも無理な話。三人でここで待っていればいずれ警察が来るでしょう。ケイから状況を聞いたとき、彼は今すぐ逃げたほうが良い、と心にも無いことを始めは言っていた。でも不可能だとわかっている。
いくつかの事態を想定して、警察のフォローをしてくれとお願いしておいた。
「俺は反対だ」
アニーがそのガキと私とどっちの命が大事なんだと言わんばかりに拒否するようサムに詰め寄った。たがこのままでは間違いなく一人殺される。
「私が行けばその時点では誰も死なないだろうけど、そのあとが問題よね」
本当の目的がわかならいことには、解決策も浮かばない。行き当たりばったりになりそうだった。サムは私を連れてこいと言われているのだろう。頭を抱えたまま動かなくなってしまった。はい、決められない人。優しい人。
「とりあえず時間がないから、行くしかないでしょ」
私がそう言ったのを、二人は否定しなかった。サムにお願いをした。どんなチャンスがあるかもしれないから、私がどうなっても、私に武器、例えば銃とかナイフとか、手に届くところに置いといて欲しい。そして、私は絶対に悪人以外の人を殺すような真似はしないから信じていてほしいこと。
アニーにも、とにかく帰って来るから信じて待っていてほしいと伝えた。まあ、この約束は保証できないけどね。予測できることは、また記憶が無くなるかもしれないこと。本当の私が悪人かもしれないこと、もしそれがわかったら殺してくれて良いということ。
「命の重さははかれないけどね」
「地の果てまで捜すとか、そういうのもいらないから」
私だけが話している。結局、あなただってヘタレじゃないの。なんて思いつつ。行ってきますと言って家をでた。そうでも思わないとやってられない。体調は悪くない。大丈夫。まずは古本屋がどんな奴か確認しなければ。
空港へ向かう車の中で思い出したようにアニーへの言付けを頼んだ。サムにも覚えておいてほしいと。私たちの約束を。
「はいはい」
そう言ってサムは不機嫌なフリをした。
十二時前に空港に到着した。例の飛行機の手前に車をつけると、サムが降り立って他の誰かと話し始めた。私は一応サムから預かったナイフを靴に忍ばせたが、あまり意味がないように思った。ものすごく嫌な予感しかしない。
今日でもう、私の人生が幕を閉じるのかと思うと、どんな人生だったか振り返る時間が無性にほしくなった。もう遅いが。
気づくと飛行機のハッチが開くところだった。正午きっかりだ。中から、子どもが出てきた。その瞬間、サムを含めた警官たちがどよめいた。行方于明の子供の一人だった。
お偉いさんのガキかどうかは私にはわからないが、いつの間に飛行機の中に入ったのか。
病人が居るといって待機していたその時、物資の搬入で何人もの子どもを入れたのか。どうりで街中捜しても見つからないわけだ。バスはどこに。どれだけの人間が関わっているのだろうと興味がわいた。
サムがドアを開けた。行けということか。はあ。一人の子どもの命を救っただけでも、誰か褒めてくれるかな。子供の後ろに男が一人いた。知らない男だ。
なんで子供だからって大切にされるんだろう。普通の子は大切にされる。私は違った気がする。そんなことはどうでもいいか。
車から降りて子供の方へ歩いた。私が私であるかとうか、どうやって判別するのだろう。身代わりを用意するなんて無駄だとわかっているということか。
あと数メーターというところでいきなり後ろの男が手に持っていた銃を私に向けたかと思うと考える間も与えず引き金を引いたのだった。
その瞬間、私は子どもと男の間に割って入ったが、一撃をくらってその後はよく覚えていない。その子は無事に親元へ返っただろうか。
俺は状況が把握しきれなかった。一瞬にして銃弾が彼女の腹部にあたったように見えたが、男は倒れ込んだ彼女を抱えて中に戻っていった。取り残された子ども一人を保護し、いったいこのあとはどうなるのかと頭を抱えた。あいつは大丈夫なのか。やはり殺すことが目的なのか。
反撃を防ぐために撃ったのだろうか。彼女がやり手なのを知っているということか。
中には何人の子どもが拉致されているのだろうか。全員だとすると二十人か、引率の大人もいるのだろうか。人質が多すぎるのも厄介なことだ。これは犯人側にもいえることだ。
ハッチが閉まるかと動きを静観していた。十五分くらいたったろうか、ぞろぞろと子どもたちが出てきた。彼女が交渉したのだろう。子ども一人を残した状態でハッチが閉まった。
引率の大人も無事に解放された。中でどんなやり取りがあったのか。俺が聞き取っている時間はない。すでに次の段階に入っている気がする。その古本屋のボスが納得する何かを彼女が提供したに違いない。忠誠心か。もちろんそれが作戦のうちだということは理解している。
とにかく、俺は彼女が行くかもしれないところへ先回りする必要がある。ロビンを名乗るあのケイというやつにも銃を用意してくれと言われた。何故、銃にこだわるか聞いたとき、彼女は有能なスナイパーであることを知った。嘘をつかれる必要もないから事実なのだろう。子供の頃からそういう教育を受けてきたのだろう。記憶が消えたとしても武道とか射撃とかそいういう体に染みついたことは忘れないものだ。
その場で仲間が聞き出した内容だと、園児を乗せた観光バスは出発した時点で空っぽの状態だった。バスに乗り込む直前に別の乗りものにうまい具合に誘導され、気がついたらいくつかの箱に入れられたそうだ。どうやって荷物として搬入されたのかは不明だが、バス自体はバス会社の倉庫に戻されていたので誰も気づかなかった。監視カメラを操作し、人に見られないように行われたこの犯行は見事としか言いようがない。そして簡単に一人以外を解放した。
何とも言えない感情が襲ってきた。ゲーム感覚という次元でもなさそうだ。
腹部に弾が残っているようだった。不思議とそれほど痛みを感じない。空気銃で撃たれたような感覚。撃たれたことはないけど。そんなことを考えている余裕はあったようだ。目の前に十数人の子供たちが見えた。恐怖に怯えた目で私から目を背けることができずにいる。可哀想に。トラウマになるくらいならいっそ死んでしまった方が幸せなんじゃない。
でもサムとの約束を果たさなければ。腹を押さえていない方の手で体を支えて立ち上がると、古本屋がいた。
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