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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2025年3月16日

ユキに話そうと思ってやめたことがある。俺たちは一度ずつあいつに会ったことはあるが、尊に連れられて行ったあの古本屋では顔を少し見ただけだ。俺は基本的に自分しか信じない。あいつがユキに執着し始めたのもすぐに気づいた。だから見張っていた。見張られていたのも知っていた。あいつが尊を殺そうとしていたこともその過程で偶然知っただけだ。そんなことは今更だが、惚れたとか愛とかそういう感情ではない、純粋にユキの能力を自分が利用したかっただけだろう。だからその計画を俺が引き受けた。

 

ユキは自分が特別な能力を持っていることをよくわかっていない気がする。飛行機を落とすくらい簡単だと言ってのけるが、普通の悪党はそれが容易なことだとは思っていない。ある意味、天然なのだ。発揮されるときもあれば、されないときもある。誰にもわからない。

 

俺たちが必死に捜さなくても、そのうちあいつの方からコンタクトを取ってくるはずだ。だがそれでは利用されるだけで終わる可能性が高い。先に動かなければ。俺たちの共通認識だ。天然がどういうわけか今日はまたひと騒動に勝手に巻き込まれて目立ったらしい。そうやって自分がここにいることをやつにアピールしているとさえ思える。確認したいところだがそれは今度会ったときまで取っておこう。古本屋が俺たち以上に頭のいかれた悪党だってことは承知している。気をつけろとだけはもう一度言っておく必要がありそうだった。

 

 

翌朝、結局サムがやってきたので昨日のことが全部バレてしまった。

 

「犯人は父親だった」

 

一緒に朝ご飯を食べながら、この人は毎日ここに来ても違和感がなくなってきてるよね。とアニーをみたが、首をかしげるだけだった。意味がわからない。

 

聞きたくなかったが父親といっても義父で、母親は母親でこれを機に自由になりたかったと素直に供述したらしい。子供を見捨てたわけだが、残念ながら私が助けてしまった。あの子供は養護施設へ入ることになるという。ああ、もう考えたくもない。まるで自分を見ているようだった。そのうち「なんで僕を助けたの」って子供に恨まれそうだ。産んだ親の方を恨みなさいよ。って言ってやるつもりだ。そうやって生きていけばいいと。

 

黙々と食事をして今日こそパン屋のおじさんに会いに行こうと思っていたら、向こうからやってきてくれた。

 

「パンを持ってきました」

 

本当に持ってきてくれるとは律儀な人だ。しかも私が買ったのと同じパンがもれなくかごに入っていた。有難くちょうだいし、お茶に誘ったら快く応じてくれた。アニーもおじさんなら文句も言わないだろう。二人きりで話したかったが、どういうわけかサムも帰らないし、アニーも同席していた。

 

「昨日は大変でしたね」

「知ってるんですね」

 

ただの情報通のおじさんなのかそれとも何かあるのか。

 

「あの子、しょっちゅう私のところへパンを取りに来るんですよ」

 

おじさんはそういう子らにパンをあげているらしかった。頭が下がる。施設のことを聞いたら、この土地の施設はなかなか粗悪な環境らしい。でもそんなもんでしょ。あの子の顔が目に浮かんだ。私にどうかしろとでも言ってるのだろうか。

 

「以前から義父に暴力を受けていたんでね」

「うちで引き取ろうか」

 

意外なところでアニーが口を挟んできた。はあ。なんでそうなる?偽善者。誰が面倒みるのよ。ヤクザがそんなことしても意味ないって。と思いつつ、実は私もこの偽善者によって引き取ってもらってこの国にいる犯罪者じゃないか。と我に返った。私が反論しないのを確認したおじさんは話を変えた。

 

「ところであなたはいつからそうなんです」

 

は?意味がわからなかった。困惑しているとアニーが答えてくれた。

 

「こいつは幼少期の記憶がないんですよ」

「こいつに能力があるというのは否定しないが」

 

能力ね。超能力?どうだか。慌てるのも変なので淡々と話した。

 

「私が首を触るのは、頸動脈の動きでその人が焦っているのかどうかとか、勝手に判断しているだけですよ」

「それと、実は視力も良すぎて、遠くの人の視線も感じることができるし、嗅覚もたぶん人より効くのでいろいろわかるんです。危険な臭いが」

 

ふふっと薄ら笑いをして冗談ぽく言った。

 

「そうなんですね」

 

なぜか3人ともが妙に納得した様だった。良かった。

 

「格闘技の方は、記憶がある時にはすでに習得していたのでどこで習ったかはわかりません」

「ハッカーのスキルも?」

 

サムが割って入ってきた。

「それは施設にいた頃に人に教わって」

 

いつまで私の話すんの?と苛立ちが表情に出始めた。それを見たおじさんはさっと立ち上がり、

「いや、お邪魔しました。またパン届けますよ」

そう言って部屋から出て行った。

 

思い出そうとすると吐き気がする。サムも帰ってくれたのでアニーにもたれかかって少し休もうと思った。いや、ちょっと待って。

 

「ねえ、あの子、引き取るって言った?」

「言った」

「養子にでもする気」

「まさか、施設よりはうちの方がマシだろうと思って」

「ふーん」

 

ならいいかどうでも。会ったこともない子をいきなり養子はないか。金持ちは考えることがわからない。

 

 

あのオヤジが言うように、こいつはちょっとした能力を持ち合わせているのかもしれない。偶然にも程がある。出かけた先で事件に遭遇するなんて。本人は気づいていないようだが、また一人の人間の命の恩人になった。子供だから今は死んだほうがマシとか思っているだろうがマシな人生を送ればいずれ感謝するようになるのだろう。本当なら昨日殺されていたのだから当然だ。

 

願わくばこのあとは何も起きないで欲しい。俺の妻として俺のことだけを考えて、一緒に歳を重ねていけたら良いのに。望みが高すぎるのだろうか。こいつだって本当は平和に生きていたいはずだ。あの時、瞬間的に言った言葉は本物だと信じたい。

 

 

何の手がかりも掴めないままで、これではケイに疑われてしまう。二人ともやる気あるのか?って尊の声が聞こえてきそうだ。なんのために俺が、って言っているだろうか。ケイの言う通り尊は自ら死に向かったのだろうか。弟のために? 考え事をしているだけでは記憶は戻らない。気づいたら私の横でアニーがパソコンに向かって何かしていた。

「今日は家で仕事?」

「まあね」

 

自分で監視しないと気が済まなくなっているようだった。私だって別に危険なことに自ら首をつっこんでいるわけじゃないのに。形だけでも今はこの人と夫婦で、だからこの国で暮らしていられる。感謝しなくては。久しぶりに私も働くか。少しは役に立っておかないと本当に捨てられるかもしれない。

 

「空港近くのカジノを任せてる人って信頼してる人?」

「なんでそんなことを聞くんだ」

「別に。そういう人ってわりと収益ごまかして自分の懐に入れちゃってるイメージしかないから」

「あたり」

「やっぱり知ってたんだ」

 

でもわざと知らないふりをしているみたいだった。報酬の一部なんだってさ。一定の額を超えるまでは。寛大な経営者だ。後釜もいないからしょうがないようだった。それにしても人は何でお金に執着するんだろう。食べていけたらそれでいいとは思わないのか。私は仕事、たとえ犯罪だとしても、そのものにスリルというか楽しみがあれば満足するけど。実際、アニーも金持ちのわりには、外食もあまりしないしプライベートジェットなんか要らないよね。自分の飛行機ってそれこそ犯罪にかかわるようなやましいものを運ぶためとしか思えない。

 

世界中に自分の飛行機を持っている人ってどれくらいいるんだろう。何百機もあるわけじゃないだろうし、一つ一つ、しらみつぶしに当たっていけばいいのかもしれない。はあ。やっぱり面倒くさいから、あっちから接触してくれるように仕向ける方が賢いかな。そう思ってちらっとアニーをみたら、ダメだと言わんばかりに首を振った。何も言ってないのに。なんだかんだ、今を楽しんでいる自分がいた。

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