小説0
投稿日: 2025年3月2日
朝食にサムも加わっていた。あからさまに不機嫌だ。申し訳ない気持ちで一杯だったので、これで貸し借り無しということにしようと提案した。
そもそも、どういう経緯で知り合ったのか教えてくれというので、思い出せる範囲で過去を話した。こんなことは久しぶりだった。一応、信用できる男二人に囲まれて、まるで尊とケイと三人で食事しているあの時のようだと懐かしさも蘇ってきた。この関係も、いつか壊れてしまうのだろうか。
私と双子が出会ったのはいつだったっけ。親のいない私たちが仲良くなるのは簡単だった。施設のようなところで尊と出会った。施設に入る前の自分はまったく思い出せない。親のことも誰からも教えてもらってこなかった。聞きもしなかったし捜そうともしなかった。そんなに幼かったわけではないのに、記憶がないのだ。尊がいたから寂しいとも不幸とも思わなかった人生だ。そいういえばケイは施設にはいなかった。ケイに出会ったのはいろいろと仕事をするようになってからだ。双子はなにかと都合が良いらしかった。そっくりなので初見では見分けがつかないという理由だろう。どちらかというと尊が表に出てケイが影、というか陰だった。
それでも三人でうまくやっていたつもりだった。私たちを動かしていたのがあの古本屋だ。やっぱり、あいつが私たちを見限った時から歯車は狂い始めた。尊が足を洗おうとしていたのは事実だ。だからといって殺すなんて。今、どこで何をしているかによって決めようと思った。
調べなければ。その名前も知らない人のことを。
ガツガツ食べる私を見て二人がやれやれという感じで目を合わせていた。
「復讐は勝手にすればいいが、殺人犯にだけはなるなよ」
サムが言った。もちろん。バレないようにやります。その時は。
「それにしてもあいつ、お前の血液をわざわざとって撒き散らすとは」
結局、何事も無かったかのように一日が始まった。アニーは仕事で出かけるというので私は家で大人しく調べ物をすることにした。部屋に籠もろうとすると、犬たちが嬉しそうに尻尾を振りながら入ってきた。
「何」
「監視役だ」
アニーが言った。
「中に入れるの初めてじゃないの」
「そうでもない」
前に不審者が侵入した時に、家の中に放って捕まえたことがあるらしい。まさか私が外に出ようとしたら噛みつくのかな。面白そう。
彼らはずっと私の足元に並んで伏せている。数時間たっても微動だにしないとは、優秀な番犬だ。かわいそうになってきた。
「もういいよ、遊んでて」
そう言ってボールをあげたら、途端に部屋中を駆け回って遊び始めた。犬なんてこうじゃなきゃ。そして私の方は、まったく尻尾を掴めずにいた。本当に存在しているのだろうか。ケイも実際はわかっていなかった。主に連絡を取っていたのは尊で、私は一度くらいしか面識がない。ケイはプライベートジェットで飛び立ったのは確認していて、その後は日本に戻ってない気がすると言っていた。なぜ私は追いかけたのに、やつのことは追いかけなかったのだろう。
見失って困るのはあっちの方だろうに。ケイが整形してるとなると、そいつも顔が変わっていてもおかしくない。面倒なことだ。金を集めて何がしたかったのか。もういろいろとやり終えて引退でもしてるのか。それなら二人とも諦めがつくかもしれない。
人を殺してまで何か目的があったのなら、絶対に諦めるわけもないだろう。ここ数年で関連するような事件も事故もテロもない。何かやらかす前にこっちが動かないとまた巻き込まれそうだ。嫌な予感がする。
でも予感するだけでは意味がない。
気分転換に出かけることにした。犬たちは遊び疲れて寝ているし。ボブもボスのお供でいない。家を出るのは簡単だ。でもバレたら今度こそ鎖につながれそう。アニーが戻る前には家に戻らないと。
そっと玄関から出て、ちょっと遠いがあの公園まで走ろうと思った。あのパン屋の男が私のことを能力者だとか言っていたらしいとボブから聞いて気になっていた。あの新郎の父親、あの時のことちゃんと見ていたと思うと、他にも話がしたいと思った。私の動きを見ていた?にわかに信じがたい。
わりと人通りの多い道に出たので走るのをやめた。何か殺気を帯びたのが走ってくる。
「逃げろ」
という声と同時に、何人かの悲鳴が聞こえてきた。やばい。また面倒なことに巻き込まれそうだ。その男は刃物を持ったまま人を見境なく切りつけながら走ってくる。良くみると狙っているのは一人の女性の様だった。その女性が私の脇を通り抜ける。私の前方で子供が転んでしまった。私は男がこっちに来るのを待っていたが、子供の前で止まって刃物を持ち換えたのを見てとっさにダッシュした。最悪だ。
自分は足技の方が得意なんだと改めて実感した。一撃が無事にヒットし、男はその場で倒れて動かなくなった。今度は殺してない。
「大丈夫?」
私は子供を立たせて、よくやるように服の汚れををポンポンをと落とすしぐさをした。さっきの女性が戻ってきて子供を抱きしめた。え、この子の母親?あっけにとられてその親子をみていると、警察がやってきた。
「は?ユキ?」
やばい。サムだ。
「ハイ」
苦笑いしてみせたが、それがバツの悪い母親の表情とダブったような気がした。もしかして、私は余計なことをしたのかもしれない。公園へは行けなくなってしまった。サムに事情を説明して、すぐに帰るからアニーには黙っていてくれと懇願した。大丈夫、サムはまだ私の頼みを聞いてくれる。命の借りを返しきるなんて一生無理なのだ。
幸い死人は出なかった。細かいことは聴きたくもなかったので、その辺の監視カメラでチェックしてくれと言い残し、来た道をそのまま引き返すことにした。
「ちょっと待って」
サムが私を止めた。警察署へ連れていかれそうになったので興味はあったが、今は一刻も早く家に帰りたかったので車で送ってもらうことにした。話は車の中で、ということでサムともう一人の警官が同乗した。サムだけならいろいろ聞きたいこともあったが無理そうだった。無難なやりとりをして、なんの収穫もなく部屋にたどりついた自分にがっかりした。
ケンとジェイが何事もなかったように飛びついてきた。
「ねえ。あなたたちって相当な親友なの」
夜、食事をしながら確信をもって聞いた。帰ってきたと思ったらいきなり部屋に入ってきて、「明日から鍵をつける」と言って抱きしめてきた。
ようするにサムとアニーはツーツーなのだ。情報が筒抜け。警察官がヤクザと筒抜けってまずいのでは?まさか私が原因?
「あいつが100%おまえの言いなりになるとは思わない方がいいぞ」
笑いながら言われて何も言い返せなかった。その夜は「約束を守ってもらう」という決め台詞がすっかり定着してしまったように、本当の夫婦のように過ごした。彼を好きだが愛しているかと聞かれたら答えられない。でもこの人のことは守らなければいけない。
「それが愛というものだよ」
どっかから聞こえてきそうだった。
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