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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2025年2月23日

せっかくあなたのこと、忘れていたのに」

なんで思い出させた?

「私を愛してるとか、気持ち悪いこと、言わないでよ」

「おまえ」

ケイが片手で私の口を押さえつけた。もう声がでない。

「俺はやってない」

医者っぽく落ち着いた声で話す。

「だがあいつが細工したのは知ってた。知ってて放置した」

つまり、あんたが尊を殺したも同然。記憶が蘇ってきた。

「おまえを手に入れたかっただけだ。おまえとおまえのその能力を」

「だがあいつは助かろうと思えばあの爆発を回避できたのに」

「あいつは自滅したようなものだ」

「俺のために」

「だから俺は、後悔してるんだ」

それを言いたくてわざわざイギリスまで?

「俺と一緒にまた仕事しないか」

だが断る。

ケイの手が離れた。

「私はこのままアニーの妻で良いと思ってる」

まだ私を受け入れてくれるかは不明だけど。

「ダメだ。あいつに復讐するのにおまえの力が必要だ」

「復讐?いまさらそんな馬鹿なことするわけないでしょ」

「馬鹿なこと?」

「あなたはバレないうちに日本へ帰って」

「アニーは殺す」

「関係ないでしょう」

「おまえがあの時、復讐すると言ったから」

「誘ってくれたわけだ」

 

もうそんなこと忘れていたのに。尊の顔も、あの時の感情も全部。正直、どうでもいい。ケイがアニーをやろうが、尊を殺したやつをやろうが、私をやろうが。ああ、でもケイはずっと耐えてきたんだろう。忘れることもできずに。それは私のせいなんだ。あの悪党がケイを苦しめてるというなら私が殺すしかないのかもしれない。

 

でも今はアニーが心配してる。何とかして帰らないと。ケイはどうするつもりなのだろう。彼を今更に犯罪者にすることなんて出来ない。

 

「確か古本屋のオーナーだったよね」

「そんなの単なる場所に過ぎないよ」

 

一度だけ、依頼者だという男のところへケイと行ったことがあった。古本屋のわりには置かれている本は新しいものばかりで違和感があったのを思い出した。

いい人そうにみえたが、裏の顔は人も殺せるというわけか。しかも自分の手は汚さない。そうやってその人をなんとか悪人に仕立て上げようと記憶をたどった。

 

尊を殺した時点で十分に悪人なんだろうが、あの時の自分の記憶さえも疑わしかった。いつも見る夢が現実だったとは限らない。やはり一度日本へ帰るしかないか。でもどうやって。

 

「あいつが乗る飛行機を落せばいい」

「は?そんなことしたら関係ない人まで殺すことになるでしょ」

「あいつ、自家用ジェットまで用意してるんだ」

「へえ」

 

表に出てこられない悪党がいくら金を集めたって意味ないだろうと漠然と思っていたが使い道はいくらでもあるということだ。

 

「落とすのは可能だろうけど、ただ殺すたけじゃ復讐した気になれないのでは」

 

こう言ってみて、我ながら他人事のような気がしていた。あの時あんな状態になって、世の中の人間が全員死ねばいいのにと思ったし、人とすれ違うたび殺意が湧いてきた時期もあったのに。

ケイは、本当にやつを殺したいほど憎んでいるのだろうか。

加担したとはいえ、双子の結束のほうが強いと言うなら納得できるけど。

 

「わかったからとにかく、一度調べさせて」

 

そう言って立ち上がった。またやり合わなきゃいけないかと覚悟したが、意外にもそれで納得したようだ。ケイだってこれ以上私と格闘なんてしたくないだろう。

 

「あなたは日本に帰った方がよいね」

「いや、医者やってるここで」

「あなた誘拐犯になってるかもよ」

「そうじゃないことをおまえが証明するさ」

 

うまくごまかせるかわからないけど、ケイの気が変わらないうちに帰ることにした。彼の車で家に戻る途中、妙な不安が頭をよぎった。私、自分が愛されてると思い上がってる?もしかしなくても誰も私を捜してないかもしれない。

むしろ居なくなって清々しているかもしれない。

 

それならそれで荷物だけ返してもらってサヨナラすれば良い。傷つかないようにいろいろ想定してしまうのは本当に私らしい。そうじゃなかったらサムに捜査を打ち切ってくれるように頼むだけだ。

 

「先に電話すれば」

ケイが言った。

「俺がした方が良いかもな」

 

そう言ってアニーにかけようとした。番号知ってるんだ。そりゃそうか。主治医なんだから。妻の。さっきから眠い。疲れたからかな。うっすらとケイの言葉がよぎった。

 

「おまえは自分が口にするものに気をつけたほうがいい」

 

 

もう少しで今日が終わる。捜索はしたものの結局どこにもいなかった。警察も俺も本気で捜してはいないということか。相手は相当な準備をしていたということか。

あいつ、飯は食ったのだろうか。そんな心配だけで済んでいれば良いのだが。今は曲がりなりにも俺たちは夫婦なんだ。もう手続きも終わった。

 

今夜は徹夜だ。いまだにうろつきまわってくれているボブたちは俺が戻ってこいと言ったのに無視している。

 

「もしもし」

「ボス」

「誰だ」

 

聞き慣れない声にボスと言う人間はいない。俺は身構えた。

 

「今、ユキさんを連れてそっちに向かってます」

「あんた誰だ」

「ロビンです」

 

医者だと?どういうことだ。

 

「おまえ」

「何です?」

「彼女は無事なのか」

「無事ですよ。今は眠っていますが怪我も大したことはないのでお返しします」

「どこにいたんだ」

 

会話が切れたところでクラクションの音が聞こえた。

外に出ると車は俺が出て来たのを確認して去っていった。

 

「良かったですね、無事で」

ボブが言った。俺はソファに寝かせた彼女を見下ろしながらため息をついたが、それが安堵のため息なのか自分でもわからなかった。

 

 

サムには明日の朝、来てくれるように頼んだ。その前にこいつから話を聞きたかった。いったい何があったのか。今日は疲れたはずなのに全く眠れそうにない。

 

夜が明ける前に目が覚めた。どうやら悪夢もみなかったらしい。隣でアニーが寝ているのを見て納得した。起き上がろうと身体を伸ばしたら、起こしてしまったようだ。いや、私が起きるのを待っていたかのようだった。

 

「あの」

「おはよう」

 

昨夜はケイとどんな会話をしたか気になるところだが、開き直ってすべてを話すつもりだった。その上で、出て行けと言われたら日本へ帰ればいい。ベッドの中でとりあえず昨日起きたことを話した。かいつまんで。そして私は帰国すべきかどうか聞いた。

 

「おまえは、どうしたいんだ」

 

あなたはどうしたいか聞いたのに。私はどうでもいい。だから決めてほしかった。止めてほしかったし、そうでないなら同調して協力するといってほしい。もう日本へ帰れと言ってほしい。散々、いわゆる悪いことに加担してきたのだからこれ以上人を殺す前に死ねとでも言ってほしい。

 

「おまえ、25だろ。まだ」

「俺も似たようなことをしてきたから人のことは言えないが」

「だから邪魔はしないし、なんなら協力したっていい。約束さえ守ってくれたら」

 

「約束?」

 

ああ。約束ね。そう言って朝が来るまでまた約束を果たした。

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