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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2025年1月25日

「明日は家でおとなしくしてる」

当たり前だ。この家にいた方が安全だ。この国に知り合いなんていないのだから誰が来ても家には入れるなとボブにも言っておこう。医者でもだ。

「ああ」

と言ってから、明日はモール支配人の娘の結婚パーティーだと思い出した。こいつにも出席してほしいと言ってたか。

 

「明日は結婚式に呼ばれてる」

「へぇ。楽しそう。誰の?」

「支配人の娘だ」

「そりゃ出席しなきゃね」

 

結婚式なんて久しぶり。まあ私は呼ばれてないから行けないんでしょうけど。外国の結婚式って興味あるなあ。まあ着ていく服もないし。気にならないふりをしてパンを食べた。

 

「パン、好きだよな」

「バレた?日本人だけど米よりはパンが好きかな」

「娘の結婚相手はあそこのパン屋だよ」

「え、そうなの?あなた、不味いって言ってなかった?」

「そんなこと言ったっけ」

「ひどい経営者だよね」

「明日は彼が焼いたパンも出るだろうな」

 

なにそれ。私に「行きたい」って言わせたいの?明日は調べごとがあるしなぁ。

「ふーん。」

ごちそうさま、と言って席を立ったらアニーが言った。

「お前にも来てほしいと言われてるんだけど」

「私、着ていくドレスとかもないし、留守番の方がいいかな」

「ドレスは用意するよ」

「え、外出してもいいの?」

「トイレも俺と一緒に行くと約束してくれ」

 

わーい。と言ってとりあえず彼に抱きついておいた。知らない人の結婚式だけど、上司の奥さんなら普通に同伴するのかな。

夜になって体中が痛くなってきた。もしあいつがロビンという医者だったとしたら、間違いなく彼と私は過去に面識があるのだろう。思い出せないのは何故だろう。外見をごっそり変えていたとしても人間が出すオーラでなんとなくわかるようなものだけど。サムの意見を今度聞いてみよう。私の思い過ぎかもしれないし。アニーがベッドに入ってきたのにも気づかずにいつの間にか眠ってしまった。

 

結婚式は午後からという。結婚式というかパーティーなのかな。社長とはいえ親しいわけでもなさそうだし。夜には近しい人でいわゆる二次会があるけどそれには出ない。会場はモールの傍にあるこじんまりしたそういうイベント専用の場所らしい。午前中はアニーもいたので何も出来ず、犬二匹と遊んで終わった。彼が頼んでくれたドレスが届いた。なんだかギリギリだ。衣服に興味がなくて良かった。男の好みがよくわからないけど、明らかに動きにくそうなものだった。着てみるとまあまあ普通に似合っている。

 

軽くランチをして、車で現地に向かった。アニーは時間にルーズなのか、パーティーはすでに始まっていた。

 

「あれ、あなたは」

そう言って声をかけてきたのは新郎の父親だった。

「あ、どうも」

「あの時お買い上げのパン、お届けしますよ」

公園でパンを売っていたおじさんだ。まさか今日再会するとは。

「知り合い?」

アニーに言われて、説明しようとしたが、おじさんが遮った。

 

「まあ今度ご自宅までお届けしますよ」

そう言って飲み物をくれた。立食なんだ、と結構な人がいて私はすでに疲れてきた。人ごみが苦手なのは昔から変わらない。俺から離れるなと繰り返すアニーにぴったり寄り添っていると、まるで大人しい自己主張しない奥さんって感じだ。

無事に新郎新婦にも挨拶をすませ、私も美味しい料理にたどりついた。そろそろ帰っていいのだろうか。

「ねぇ、私だけ帰ろうかな」

「俺も帰りたい」

そう言いつつも、社長としてはさっさと帰るわけにはいかないらしく、寄ってくる人が後を絶たない。いい加減、本当に疲れてきたのでトイレに行ってくる、と言って返事を待たずに会場を出た。はあ。

 

結局、一人になってるじゃない。少し外で酔いを醒まそうと人気のないテラスを見つけそちらへ向かった。

 

「どこに行くんだ」

腕を掴まれた瞬間、攻撃態勢になったがあっさり身動きがとれなくなってしまった。こいつは。

ロビンだ。髪の毛が黒い。

「君が気にしているようだったから」

耳元でささやいたのは日本語だった。

 

「その目の色も偽物ですか」

「あ、さすがにコンタクトはこれしかないんだ」

そのまま、誰も居ない部屋に招待されてしまった。

「念のため確認だけど、結婚式とは無関係?」

「今日君がここに来ると思って待ってただけだ」

「なんで」

「うーん。まだ思い出せないんだ」

 

いつの記憶が抜けているのだろう。こいつの方が強いのはわかってる。

「ちなみに医師免許は持ってる?」

「もちろん」

「どうやったら外国の病院にもぐりこめるの」

「そこはどうでもいい」

「目的は」

「その前に、君が僕を思い出してくれないと」

 

無理でしょ。わざと記憶を捨てたわけでもないし。アニー。そろそろ私を捜してくれてる?まさかここにいるとは思わないか。こいつより私が弱いとは限らない。覚悟を決めて、ロビンの腕を振り払ってそのまま足蹴りの体制に入った。よけられる。これじゃ昨日と同じで私が負けるのが目に見えている。ふっと息をついたとき、ロビンが攻撃してきた。よけたつもりがソファーに倒れこんでしまった。何かがおかしい。

 

「君は自分が口にするものにもう少し気をつけた方がいい」

何? 

ものすごい睡魔に襲われた。

 

少々わざとらしかったかもしれないが、とりあえずユキを手に入れた。しかし、何度も接触したのに俺のことをただの医者としか見ていなかったとはショックだった。顔そのものを変えてしまったのを後悔した。整形したのは俺自身が尊のことを思い出したくなかったからだ。

 

同じ顔をしているのに、何故あいつばかり愛されるのか。ただの偽善者じゃないか。俺は双子の兄である尊のことが大嫌いだった。いや、本当は相当に愛していたのかもしれない。女が出来た時はいつも女の方に嫉妬したものだ。ユキが現れた時の感覚だけが違っていた。初めて尊が邪魔だと思った。そんなそぶりは一切みせずに、淡々と待っていた。三年も。

 

あいつが火事、というか爆発に巻き込まれて死んだときはやっと俺の出番だと喜んだつもりだが、俺の気持ちを知っていたあいつは俺のために死んだのだとわかったとき、正直ぞっとした。自分の体のパーツが一つ一つ崩れ落ちていく感覚だった。あの日、本当は俺があいつを助け出すはずだったがわざと行かなかった。あいつはそれを知っていたのに自分の死を選んだ。もう感情がぐちゃくちゃだった。あの日、完全に思考が停止していたユキを説得し、二人で尊の仇を討つと誓ったのに。ユキは俺から逃げた。その時、ほとんどの記憶を捨てていったようだった。

 

それからしばらくしてフリーで仕事を受けるようになったユキを見守るように、俺は依頼人に扮して顔も変えたが姿は見せずに一緒に仕事をしてきた。記憶を取り戻したときすぐに行動に移せるように準備していたのに。ビッグサイトでいきなり仕事を放棄してあの外人のためにここまで来るなんて。俺は焦っていたのかもしれない。

 

だがここまできた。尊を殺したやつを見つけ出してからも復讐せずにいたんだ。二人でやらないと復讐にならない。まだ時間が必要だ。カバンから採血用の注射器を取り出した。この場所が見つかるのも時間の問題だろう。長居は出来ない。とりあえず死んだと思わせたい。

 

ユキを抱えて地下の駐車場へ向かう途中、結婚パーティとやらのスタッフの一人に出くわした。

その女性ははっと息を飲んで俺を凝視しながら後ずさりした。

「私は医者です。彼女が怪我をしたので病院へ向かいます」

「え」

驚いたように今度は私に近づきユキをみる。

「今日は結婚式でしょう。救急車を呼ぶまでもないので騒がないでいいですよ」

そう言って車の方へ向かうふりをして女性の視界から消えた。彼女はしばらく突っ立っていたようだが、その後バタバタと走って去っていった。

その隙に俺は自分の車にユキを乗せて会場を後にした。

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