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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2025年1月24日

朝になってまるで新婚夫婦のような扱いを受け、新婚旅行はどこに行くかで皆が盛り上がっている中で、当の夫婦もどきは黙々と食事をした。私が一人で観光するか、彼の仕事にくっついていくか。家で大人しくしている選択肢はない。今日、調べなければならない案件はもうないし、なまった体を元に戻したい。動かないと。

結局、モールに行くことにした。

 

モールの敷地内に新しくカジノを作るらしい。その建設中の建物の視察、それから空港近くにあるカジノへ行くという予定だ。カジノと言えば如何様というインチキ商売のイメージしかないし、ギャングのお仕事じゃんと言いかけてやめた。本人が真っ当だと言うのだから信じることにする。ついでに展望台も屋根に上がれないようにガラス張りに変えるようだ。

 

「でもそんなに高いわけでもないのに。」

風にあたるために高所へ行く人もいるだろう。なにも景色だけじゃないのだ。

「落ちてもしれてるでしょ」

私が一人で話している。彼はもう仕事モードらしい。おかげでそっと離れていっても大丈夫そうだ。車を降りてから、微妙に嫌な感じがしていた。私が離れた方が良いのか、彼にくっついて守った方が良いのか。気配の原因を探りたい。

 

工事現場の近くまで来た。ツインタワー風の建物だった。まだ今日の作業は始まっていないので作業員もいないようだった。ぼそっとボブに「何かあってもアニーから離れないでね」と言っておいた。それはこっちのセリフだと言い返されたが聞き流した。誰かがヘルメットを準備するまで中には入れないらしい。

上を見あげていると、何かが光った。思わずアニーの腕をつかんでその場を離れようとしたが逆に覆いかぶさられてしまった。パラパラと落ちてきたのは大量のレンチだった。幸い誰にも当たらなかった。何人かが建物に入ろうとしたが、いったんモールへ戻ろうと言うことになった。基本的にまだ中には入ることはできないし、昨日誰かがしまい忘れた工具が落ちたのかもしれない。ぞろぞろと歩き始めた背後で私は隣の棟に走った。誰かいたような気がした。

 

「あ、こら」

とアニーとボブが追いかけてきたが、隣の棟に入った私は瞬時に行き先を変えた相手に倣ってさっきの棟へと飛び移った。アニーたちが私を捜している間に相手の正体を知らなければ。鉄骨の間をぬって上へあがっていくと、気配が無くなってしまった。まさか途中で飛び降りた?

 

耳を澄ませた瞬間、ボーガンの矢が飛んできた。こともあろうにまた右腕をかすめた。目の前に誰かが立っていた。

 

「誰」

聞いても返事はない。そいつはボーガンを脇に置いて何故か素手で襲いかかってきた。

暗いしマスクをつけているので顔が全く見えない。攻撃はかわせる程度だが私の攻撃も軽くかわされる。何?なんとかしてダメージを与えたい。傷の一つも残せたら手掛かりになるはずだ。だが本気で蹴りを入れても受け身を取られる。それどころか私の手首ばかり狙ってくる。日本人?まさか。マスクからはみ出た髪の色は金だ。

 

これ以上やってたら右手首が折れそうだった。

 

「おい」

アニーの声がした。その瞬間、建物から飛び降りたやつはどこかへ行ってしまった。私は病院へ連れていかれそうになったが、あそこには行きたくないとわがままを言ってモールに医者を呼んだ。しばらくして先生が診てくれたが、腕の傷はかすり傷で、手首は少し腫れていたが大丈夫だろうと湿布だけしてくれた。

 

その間、アニーは仕事を終わらせ、営業中のカジノへ向かうからお前は帰れと言ってきた。悩んだが調べ事ができたので快諾すると、少し意外そうな顔をした。あれ、行った方が良かったのかな。と思ったがとりあえず私は帰ることにした。警察に連絡するか迷っていたので、大したことじゃないから別にいいんじゃない?しなくて、と言っておいた。

 

家に戻って早速パソコンで覆面を捜したが、モールの監視カメラには覆面姿でしか映っていなかった。体つきは男だと思うが、わからない。でもあの目はどこかで見たことがあった。さすがにAIでもない限り目だけで見極めることは無理だ。警官の中にいた?そう思って気合を入れようとしていると、「さっきの医者が来た」とボブが言いにきた。

 

「湿布を渡しておこうと思って」

「え、わざわざすみません」

玄関で受け取ると、彼が振り返って去るのを待っていたが、私を見たまま動かない。

「あ、中でお茶でも?」

そう言うしかなかった。応接間に案内して、ボブにお茶を入れに行ってもらった。そういえば怪我する度にこの先生はわざわざホテルまで来てくれたり、本当に親切な先生だ。それなりのお礼をしているからだろうけど。

 

「えっと、ロビン先生でしたっけ、いつも本当にすみません」

「いえ。それより腕の傷はこれで三回目ですね。まあ、あとの二回は大したことないですが」

「そうですね。偶然にもほどがありますよね」

笑いながら言ったが先生は続けた。

 

「頬の方はもう完全にないですね、頭の方は大丈夫です?記憶が戻ったりは」

「記憶はほとんど戻りました」

「そうですか。でも全てではなさそうですね」

何故そんな言い方なのだろう。先生もきれいな金髪の持ち主だ。おもむろにその髪をかき上げる手をみて一瞬ドキッとした。その手首が少し赤い。

 

「やっと気づいてくれたみたいだね」

そう言われてもピンとこない。ただ心拍数だけは速くなっていく。すかさず先生は私の手を取って「ドキドキしている」と言った。先生の目を初めてしっかり見た気がした。変な汗が出る。

 

「今から僕と一緒にきてくれ」

「は?」

そこへボブがお茶を持って入ってきた。しかし先生は立ち上がり、

「ああ、急用ができたので失礼するよ」

そういって彼は私の肩を抱いて部屋から出た。

「え、ユキさん?」

ボブが戸惑っていたが私は「すぐ戻るから」と言い残して外へ出た。

タイミングよくサムが来ていた。アニーが連絡したのだろう。

 

「大丈夫なのか?」

さすがに先生と私を引き離そうとはしない。私はどうするのがベストか考えていた。このロビンという人の正体を知るためにはついていきたい。

「彼女の体調が良くないようなのでやはり病院に来てもらいます」

私は「さあ」という態度で先生の手をどけようとしたが、意外と力強いその手は私を離さなかった。

「家から出すなとアニーに言われたんでな」

サムがそう言って、私の手を取ってくれたので正直ほっとした。

 

「そうですか、残念です」

そう言って先生は私を離し、車の方に去っていった。車のナンバーをすかさず覚えてからサムと一緒に家の中へ戻った。

「ありがとう。実はやばかったのよね」

ものすごく緊張していたせいか、玄関で座り込んでしまった。

 

先生の代わりにボブの入れたお茶を飲みながらサムが言った。

「あの医者については俺も調べてみるよ。確かたまたま最初に病院に君を運んだ時に当直だったから、それだけだと思うけど」

とてもそうは思えなかった。もしロビンが今日のマスクだったとしたら。ものすごい能力をもった犯罪者だったら、さっきのボーガンもわざと右腕を狙ったのかもしれない。殺す気がなくて、些細な怪我を負わせて、その度に私に接触する。

 

「何か怪しかったとしても、目的がわからないとね」

そう、まさかあの人までがジョシュアと付き合うことに悪意があったとか、あり得ない。もっと根本的なところで、何か忘れている気がする。

「やっと気づいてくれたって、意味がわからない」

私がぼそっと言うとサムが反応した。

「何?奴は君と面識があったとでも?」

「少なくてもこっちに着いた日から怪我する度に会ってるのは確かだけど」

思い出せない。今日の犯人が自分だと気づかれた、ってことだろうか。

 

サムには今日のことを話しておいた。先生の手首が少なからずダメージを受けていたこと、他には一切、証拠となるような傷さえつけられなかったこと。先生の目の色と髪の色が本物かどうかも確認してほしいと伝えた。でも、事件でもないのに調べてくれるのだろうか。結局のところ、サムが襲われた事件以外は、被害者は私だし、正直どうでもいい話だ。もうすでに個人的な出来事にほかならない。私も、気になるだけで、だからといって警察の力を借りようなんてどうかしてる。もう忘れよう。明日、サムにも伝えよう。工事現場から何かが落ちてきた程度のこと、アニーも大して気にしていない様子だったが、食事中に先生が来た話をうっかりしてしまった後は、なにやら心穏やかではなくなっているようだった。私を連れ出そうとしたことは言わなかった。

 

「わざわざ湿布を?」

こいつに関わるやつはみんなこいつに惚れるという法則でもあるのか?こんな可愛げのない女。いや、俺の妻だ。悪いが誰の入る余地もない。それにしても今日は危なかった。あれでこいつがまた怪我でもしたら結局、俺といても危険ということになってしまう。やはりまだ何者かがこいつを狙っているのだろうか。まさか愛情だけでここまで狙われたりすることがあるのだろうか。他に理由があるのだろうか、せっかく警察の手を離れたというのにサムに協力させることになるとは。まったく仕事が手につかない。

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