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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2025年1月11日

「サムが私を迎えにきた。にやにやしながら出迎えたアニーをみて、諦めたような顔をして言った。

「それで?」

「彼女が早く警察から解放されるように協力するだけだ」

 

 

私たちは病院へ向かった。一応、記憶が戻ったことは伝えた。腕の傷、頬の傷、頭部。特に問題なく、最後に医者との面談があった。本当に医者なのかは怪しいものだが、アニーがずっと付き添ってくれていた。その後ろにはサムもいる。本来は誰のことも信用してはいけないのに、緊張することもなく一日が終わりそうなのは彼らのおかげなのだろうか。油断は禁物だ。

 

そう思って気を引き締めた瞬間、気配を感じ取ることができた。廊下でガラスの割れる音がした。かなりの大音量だ。部屋にいた全員がドアをみた。なにこの茶番は。何かがぶつかってひっくり返ったような音だったが、明らかに生音ではなく、なんらかのメディアを介した音だった。それに気づいたのは私だけ? 気づいたらやばいのか。また疑われる?でもそんなのちょっと音に敏感な人ならわかると思うのだけど。判断しかねた。

 

一瞬、ビクッと驚いたふりをして、アニーにしがみついた。一体、ここの警察は何がしたいのだろう。私が何者なのかはっきりさせたいのだろうか。記憶が戻ったかどうかなんて彼らにはどうでも良い話だし、犯罪者とはいえイギリス人を三人も殺してしまった私を許せないとか? いや、細かく言えば五人か。キャサリンをジュリも死なせたのは私なのだから。

 

いつまでも冷静さを保っていたら逆効果なのかもしれない。またサムがアニーと私を引き離そうとしたので、私はヒステリックにわめき散らした。

 

「なんなの?私をここに留めておく正当な理由を教えて。まだ誰かが私を狙っているとでも?」

上等じゃないか。と、ここからは汚い日本語でその場にいた全員をののしってやった。あとから内容を聞いたら全員ドン引きするだろうか。

医者が注射器を受け取って私に近づいてきたので、いい加減にしろと言わんばかりにアニーを踏み台にして注射器を足蹴りにした。それからサムをひっかけて倒し、ドアを開けて廊下に出た。案の定、廊下には警官しかいなかった。きれいなものだ。惨状を想像していたアニーが驚いていた。彼がキョロキョロしてさっきの音が何だったのか見つけようとしているうちに、私は警官たちの間をすり抜けて廊下をひた走り、非常階段のドアを開けた。

 

下側に自分の靴を投げ捨て、上へ向かった。大半の間抜けはそれで下へ追いかけるだろう。すぐ上の階でまた廊下に出た私は、そっと病室へ入り、窓を開けて外へ出た。屋上まであと三階か。階段を上に追いかけた連中も、今頃は見失ったと思って下へ降りているはずだ。ゆっくりと壁をよじ登り、屋上の縁に上がった。高いフェンスがあるのでもたれかかって景色をみた。奈落の底とフェンスの間に収まって、気分が良かった。はあ。これでいつもでこの世からおさらばできる。今が一番幸せな気分だ。

 

 

「おい」

ん?やけに早いな。アニーがフェンスの向こう側にいた。

「一人?」

「おまえ。俺がまいてやったようなもんだぜ」

「ありがとう。すごいね」

「お前が弱いのは昨日の夜でわかってる」

あそ。

 

 

「で?」

「頼むから足をぶらつかせるのをやめてくれ」

「私、もとから頭イカれてんのよ」

「俺は面白い女が好きなんだよ」

「別に日本に帰りたいわけじゃないし」

「それはありがたい」

「幸せになりたいわけでもない」

「おまえは何がしたいんだ」

「今一番したいのはここから落ちたら死ねるか試したい」

「俺の予想では半身不随程度だな」

「このやりとり、続ける気?」

「もちろん」

「私は誰も信じないし愛さない」

「俺も基本的には自分しか信用してないね」

「結局、ジョシュアもそうだしサムも裏切った」

「あいつらは最低だな。俺も嫌いだ」

「そもそも登場人物が全員男って」

「男に興味ないのか」

「そう、男は嫌い。女はもっと嫌い」

「だからあなたも私を構うのやめてくれない?」

「それは出来ないな」

はあ。

 

どやどやとサムが警官を引き連れて屋上へやってきた。

「ユキ。君を日本へ帰すことが決まったよ。だから」

だからなんなんだこの茶番は。あほくさ。

 

「アニー。私がもし死ななかったら。私あなたの子供を産んでもいいよ」

「え?」

 

誰かがフェンスを越えてこちらへようと足をかけた瞬間、私は奈落の底へ飛んだ。文字通り地獄へ行けますように。それで許してほしい。何もかも。

 

 

 

何て女だ。いつ俺がお前を裏切ったというのだ。お前は命の恩人だというのに。それだけじゃない。警察をなめるな。彼女がマットの上に落ちたのは確認したが、この高さだ。ある程度の衝撃は免れないだろう。急いで下へ降りた。ヤクザが今度こそあいつは俺が引き受けると言ってその目を輝かせていたが、もう勝手にしてくれ。

 

「費用はお前が払えよ」

「もちろんだ。その代わりお前ら警察はもう関わるな」

「それで彼女が平和に生きられるなら」

 

階段を降りてそのまま病院へ向かった。アニーが時間を稼いでいる間に、救助マットを手配した。彼女がそれに気づいていたかは不明だ。どちらにしても本当に飛び降りるなんて。警察が何者が暴きたい気持ちもわかるだろう。俺はどうでもいいが。どうなるのが彼女にとって幸せなことなのか、俺にはもうわからない。彼女を愛しているのは事実だ。命の恩人なのだから。ヤクザといた方が生き生きと過ごせるのかもしれない。奴だって根っからの悪人ではない。死んだ三人の部下についても無鉄砲すぎて切りたいと思っていたはずだ。正直、彼女に感謝しているのかもしれない。もう終わりだ。

だが警察の手を離れたら、彼女は結婚でもしない限り日本へ帰されることになるだろう。日本に彼女を支えてくれる人はいるのだろうか。あいつはどうするつもりなのか。

 

飛び降りた瞬間、ざまあみろと思った。けど下に何かあるのを見て嫌な予感がした。それは的中し、私は無傷で生きていた。もう笑うしかない。降参した。バカなのは私だ。誰に謝ったらいい?尊?だったら地獄へ落として。落ちてから病院に運ばれるまで、アニーたちが来るまで、私の意識はしっかりしていた。彼らにそう見えていたかは不明だが。

 

「約束は守ってもらおう」

でも残念だけど子供はもういない。さっき医者たちが話していた。妊娠した事実はあったが衝撃で流れた。これで流産したのは二度目だ。と言っても着床したばかりだろうから妊娠したとも言い難いが。誰の子かもわからなかったし、私が子供なんて育てる義務はない。

 

「あまり私を甘やかさない方が良いと思うけど」

「病院代はきっちり働いてもらうから安心しろ」

 

そういえば、ジョシュアには何かしてあげたいと思っていたけど、助けが必要ない人にはどうすればいいのかわからない。自分が守られるだけなんて。

「余計なプライドは捨てたほうが楽になれる」

結局、アニーは出来た男だった。もう一度、人を信じてもいいのかもしれない。これでもしまた裏切られたとしても、そうなる前に彼のために死んでしまえばよいのだ。

彼に手を伸ばして、首に触った。懐かしい思いが流れ込んできた。

 

 

 

「おかえりなさい」

何人かが出迎えてくれた。ケンとジェイも嬉しそうに飛びついてきてくれた。遊んでくれと吠えたててうるさいので庭へ行って一緒に走り回って遊んだ。自分が元気になった気がした。全身打撲のような衝撃は受けたし、受け身もまったく取れてなかったが、痛みもない。犬たちが興奮しすぎてこけまくっているのでつい笑ってしまった。動物はかわいい。悪意がまったくない。一番信用できる存在かもしれない。

 

「犬に嫉妬しちゃいけませんよボス」

「ふん」

いきなり放置されてご機嫌斜めになったボスはたまった仕事を先に片付けようと二階へ上がった。窓から彼女みていると、どの状態が本当の彼女なのかわからない。だが無事に俺の元へ帰ってきた。今はそれで良しとしよう。夕飯までにこれを始末する。ショッピングモールの店舗の収支を急いでチェックした。

 

「あのショッピングモールあなたのなの?」

はあ。ヤクザといっても本物のヤクザなわけないか。カジノクラブの経営がメインらしい。ここにいる皆は本当に部下って。彼のお世話も含まれているらしい。もともと女性がいないのは何故だろう。嫌いなのかゲイなのか。

 

「だから、俺はまともな部類の人間なんだ」

そう言ってここでの婚姻手続きについて説明を始めた。

 

「え、何の話?」

「約束は守ってもらうと言ったはずだ」

「結婚するとは言ってない」

「俺の子供を産むということは、そういうことだろう」

私がプロポーズしたことになっているらしい。

「あなたの気が済むまでこの国にいるためには、ってことなら」

「それでいい」

「あ、はい」

 

そういえば、さっきボブが心配していた。ボスの気が緩んでいる今は危険かもしれない。ボスを狙っている輩はたくさんいるのだと。私が来る前はボディーガードを雇っていた。彼自身、強いし基本的には大丈夫ではあるのだか、と。

 

「私がお守りしますよ。やることないし」

私が言うとボブは「それは頼もしいけど、ボスのプライドが傷ついちゃうからやめてくれ」と困惑しながら返してきた。まあ大丈夫だとは思うけど、こないだのこともあるしドサクサに紛れて何かしかけてくるかもしれない。って誰が?ヤクザの敵はヤクザ? 

 

珍しくテレビをみていたら、ジョシュアが復帰したと報じられていた。久しぶりにその歌声を聴いた。良かった。キラキラしている。所詮、住む世界が違ったのだ。逆に私が彼を巻き込んでしまった。彼と出会ってからまだ三カ月ほどしか経っていないのに本当にいろんなことがあって、懐かしくてテレビを直視していたら、プチっと切られてしまった。

「ちょっと」

まさか嫉妬とかじゃないでしょうね。でも観続けていたら涙が溢れていたかもしれない。とりあえずこの愛情深い人を大事にしようと思った。私が裏切ることはないのだ。私は単純なのだ。

 

 

「ところで、明日は?」

「明日はモールと夜はカジノをハシゴするから帰りは遅いと思う」

「じゃあ私もどっか観光でもしようかな」

おまえはダメだ、と言いかけたアニーが私が何か言おうとするのを遮って言った。

「明日よりも今夜のことを考えよう」

日数的にはたいして久しぶりでもないのだが、自分のベッドでぐっすり眠ることができた。悪夢はアニーがどこかへ追い払ってくれたようだった。いや、自分が眠っていないだけか。頭の中で記憶をたどっていた。

 

十二月ジョシュアと出会う。コミケでは何かが起きるはずだったが仕事を放棄してしまった。

三月。ジョシュアに頼まれてイギリスへ。空港で少し嫌な予感はしていた。

一日目。ジョシュアと再会してホテルへ戻り、午後に外に出たがそこでジョシュアの元カノに刺される。病院からホテルへ戻って終わり。

二日目。ジョシュアはライブ。私は外出禁止だったがサムに買い物に出てもらい、餃子を作る。警官二名とバンドのメンバーとで夕食。餃子食べたいな。

三日目。ホテル。日本のクライアントからの仕事をする。ジョシュアは家を買っていた。

四日目。彼の家へ移動。ホテルのロビーで銃撃されたが大丈夫だった。少し仕事をして、ジョギングに出る。サムがついてきた。公園でサムが襲われる。三人殺すが頭を打って記憶喪失。病院で三人のボスに誘拐される。誘拐って。

五日目。アニーの家で朦朧としてた?

六日目。パソコンであらかた調べる。

七日目。ショッピングモールの展望台の屋根に上がって、三日間の記憶がまた飛ぶ。ジョシュアのところへ戻される。

八日目はなんだっけ。八日目にジョシュアと別れた。それから。アニーが現れて記憶戻って。で。なんで病院の屋上から飛び降りたんだっけ。アニーと結婚して。子供、流れた。

直近の記憶が薄れている気がした。悪夢ではないが、いろんな喪失感が襲ってきた。でもアニーの寝息がすごく平和で癒された。

 

 

「なんだよ」

そう彼がそう言って一瞬、目が合ったがお互いすぐに目を閉じた。

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