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シングルマザー卒業と独りよがり小説

小説0

投稿日: 2025年1月11日

「お願いがあるんだけど。」

「なんなりと」

 

これ以上、ジョシュアの世話にはなれないから、どこか部屋を借りて住めるようにしてくれないか。そう言ったら「善処する」と言い残して部屋を出て行った。

ジョシュアが活動休止しているのも私の責任だが、もう解放してあげたい。彼は「ダメだ、ここにいて」というようなセリフを返してきたが、いろいろありすぎてお互いに疲れているからと、一人になりたいとお願いした。彼にはキラキラと歌っていて欲しいだけ。運命ならまたいつか引き寄せられるだろう。

 

 

サムが自分の部屋の近くに似たようなワンルームを借りてくれた。サムが世話してくれたのだが、ジョシュアは首をかしげて納得できないような素振りをみせた。

「いつでも戻ってきてほしい」

 

優しい言葉を鵜呑みにしないように気をつけて、彼に別れを告げたのだった。

彼に出会わなければ、今は無いのに。すっかり第三者みたいに思えてきて、おかしくなってしまった。おい責任とれよ。って叫びたくもなったが、我慢した。自由を選んだ方がマシだ。たとえ異国の地で犯罪者扱いされても。

 

 

はあ。もっと楽しい人とデートしたいわ。前向きに考えよう。自分の口座をチェックしたら、このあいだの企業から入金があった。細々とここに居る間は暮らせそうだ。必要なものはだいたい揃っている。日本とは違うところだ。近くのショッピングモールへ行こうと外に出たら、サムが付き合うと言ってついてきてくれた。

 

「ねえ、どっちかというと、あなたの方が危険度高いよね?」

「まあね」

「ついてくるとまた何かありそうで怖いんだけど」

 

 

私が笑いながら言うので、彼も笑った。なんか変な感じがした。今度は彼が私に対して罪悪感を抱いてしまってるのだろう。でも彼は警察官だし、仕事の一環と思えば普通のことか。それに、ジョシュアの家から解放された警官たちがそのままついてきているし。殺意も感じない。

純粋にショッピングを楽しもう。

 

 

ジョシュアの元に返した女が今度は俺との記憶をそっくり無くしたらしい。あいつは思い出したくない記憶を自ら消す能力も持ち合わせているのか。だがこれで俺も無事にスタートラインに立ったわけだ。ヘタレと別れたあいつの隙間に、あの警官が入り込む前になんとかしないと。

どうやって、さりげなく、彼女と面識をもたせるか。考えながら後をつけていると、小さな女の子が彼女の前に立った。

 

 

「お姉さん、大丈夫?」

「え」

「この前はありがとう」

「ん?」

 

聞くと、飛ばされたスカーフを華麗にキャッチして取ってあげたらしい。サムのやつ。頭を殴られてから目覚めるまでずっとベッドに横たわっていたと信じていたのに。知っていることを全部聞きたかったのに、まだ話していないこともあるのか。後で確認しないと。いや、やはり自分で調べるべきだった。サムがアジア系の店をみつけて中へ入っていくのが見えた。見張られているだけで、守られてはいないのかも。そう思ってパン屋のショーケースを眺めていると知らない男が声をかけてきた。

 

 

「ここのは不味いから買わない方がいいぞ」

「え、あ、どうも」

ご親切に。

「さっきから君、いろんな人に見られているようだけど、気づいてる?」

「え。はあ」

 

 

もちろん気づいてますけど。気づいてないフリとかするべき?って随分と馴れ馴れしい人だ。イギリス人てこんな感じの人が多いのだろうか。吸い込まれるようにその人の目を見ていたが、彼も視線をずらさない。彼の手が動いた瞬間、

「おい」

サムが割って入ってきた。助かった。

 

「何してる」

「彼女がここのパンを買おうとしていたから止めただけさ」

「ここは美味しいと評判の店だぞ」

「いや俺はお勧めしないね」

 

この人たちは何を話しているのだろう。二人の顔を交互に眺めていたが、仲が良さそうだ。

「知り合い?」

私が口を挟むと、口をそろえて「違う」と返ってきた。息ぴったりだ。思わず吹いてしまった。

「仲が良い証拠ね」

私が言うと、気まずそうに黙ってしまった。私が待っていると、その人が口を開いた。

「俺はアニー。宜しく。」

「ハイ。ユキです」

 

手を出してきたので握手かと思って私も手を出したが、いきなり掴まれて引き寄せられそうになった。お? 思わず受け身を取ろうと肘を固めたが、ついもう片方の手が相手の首に伸びて触れそうになってしまった。しかしその男の方が上手だった。その手を軽く叩くようにかわされたかと思うと、抱きしめられてしまった。

「おい」

サムが瞬時に引きはがす。

 

「なんだよ、ハグもだめなのか」

アニーが不服そうにこちらを見た。あれ。なんか同じことがあった気がする。彼もまた私を見つめる目をそらさない。

「あなた、どこかで会った?」

「さあ。どうだろうな」

ニヤッと笑って、バイバイと別れを告げて去って行ってしまった。

 

「誰だっけ」

もし、会ったことがあるとしたら、それは空白の三日間だろう。やはり帰ったら調べてみるか。

サムが、あいつとは関わらない方が良いというので、話してくれるかと問い詰めたが、右手をプラプラ振ってみせるだけだった。

「え、なに?」

 

 

部屋に戻ってシャワーを浴びた。急に睡魔に襲われたがアニーが何者かだけ調べておこう。どう調べても、日本でいうところのヤクザだった。私が殺したのは彼の配下だったんだろうか。今日の様子だと、別に彼の命令とかではなさそうだ。もしそうなら私は生きていない。どこか親近感がある。接点があったとしか思えない。調べるのが怖くなってきた。自力で思い出さないといけない気がしてきた。

はあ。私はいつ日本に帰ることができるのだろう。明日、サムに確認してみよう。別に悪いことをしに来たわけでもない。ジョシュアと出会わなければ。いや、なんでビッグサイトに行ったんだろう。なんで行けと指示された? 指示は誰にされたんだっけ。それはわからない。限界がきたので電気を消してベッドに倒れこんだ。

 

またあの夢だ。ビルの屋上。彼が双子じゃなかったら、そのまま地面へダイブできていたのに。なんで、現れた?なんで助けた?結局、二人ともに捨てられた。

 

「なんで」

自分の声で目が覚めた。カーテンが揺れている。窓、開けっぱなしで寝てしまったらしい。暑くも寒くもない春だ。このままもう一寝入りしようと目を閉じ、ふうっと息を吐いた。ダメだ。夢の続きを見るわけにはいかない。誰も居ないとどうにも素の自分が現れる。不安になる。涙が止まらない。はあ。

 

あいつ。本気で俺のことを忘れてたのか。俺といた時も、実は何もかもわかっていたのではないかと勘繰ったりもしたが。連日変な連中に襲われて、あげく脳に衝撃を受けたら、どんなにタフなメンタルの持ち主でもイカれてしまうのが普通だ。ヘタレはともかく、サムも案外ビビりなのだ。あれじゃ俺のつけ入る隙がありすぎじゃないか。おまけに本人も隙だらけときた。

二階とはいえ窓を開けて寝ている。日本はどれだけ平和な国なんだ。

 

 

どちらかと言えば、防犯のために俺はその二階の窓から侵入した。

「なんで」と声が聞こえて、心臓が一瞬止まりかけたが寝言のようだ。俺は気配を消して、ベッドに近づき、脇に隠れて様子をみた。泣いているのか?これも寝言なのか確かめようと彼女の顔に自分の顔を近づけた。外の明かりがわずかに彼女の涙を照らして光らせていた。手で触れようとしたが、思いとどまった。

 

その朝、目を開けると目の前にアニーがいて飛び起きた。なんでボスの家に?そう思った瞬間、この一週間ほどの記憶が全部戻った気がした。

 

 

「どうやってここに?」

いくら爆睡していても気配を感じることはできたはずなのに。私もすっかり衰えてしまった。

「窓、開いていたから。危ないだろ」

目をそらさない。

「あなた・・」

会って数時間も経たない人とベッドを共にしたという事実。いえ、私は騙されていたのだが。とにかく、私はヤクザを三人殺していて、彼らのボスとこんな風に一緒にいたらますます日本に帰れなくなるではないか。

「この状況はちょっと」

 

シャワーを貸してくれというので、三日間世話になったお礼に使わせた。コーヒーを入れて、昨日結局買ってしまったパンで朝食にした。

「美味しいじゃん」

 

食べながら、今日は病院へ脳の検査とやらがあって、そこで問題なければ警察の調書作成に付き合って、なんとか彼らの目をそらしてなるべく早く出国の手続きをしたいのだと話した。

最悪、アニーの力でこの国から逃がしてくれないか、という含みを持たせて相談したのだ。彼は快く協力すると言ってくれたが、見返りを求めた。私は誰かと組む気はないと伝えた。

 

「人は一人では生きていけないものだけどな」

彼はまあいいや、と言った感じでとりあえず今日は暇だからお供させてもらいます。とにっこり笑って言うと、部下とやらがいつの間にか届けた着替えを身につけた。

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