小説0
投稿日: 2024年12月14日
次の瞬間、救急車に乗せられるところだった。この警官はもうすべて把握したのだろうか。
そりゃ、彼氏が日本にいる短い間に好きな人が出来たからと電話で振られたのだ。しかも相手の女は日本人。殺したくもなるはずだ。一体、どういう別れ方をしたのやら。あとで確認すべきか、知らんふりすべきか。いや、そんなことくらいでこれ?わからない。
「大丈夫?」
また警官が聞いてきた。
「あの、彼にはまだ伝えないでください。仕事中なので。終わってから」
と言いかけて、また意識が遠のいた。予想外に出血したかも。警官のところに仲間の警官がきて耳打ちしていた。
「ジョシュアの恋人みたい」
「え、ジョシュアって?あの?」
二人が私をみたが、私はもう返事をする気にもならなかった。救急車の扉がしまって動き出した。
旅行中に病院なんかにかかったら大変だ。まして入院なんて絶対にしない。強い意志で、出来る限り「私は大丈夫」と言い聞かせ、治療が終わった後には早々にホテルへ戻ろうとした。
医者が今日は病院にいてくれないかと懇願に近い言葉をかけてきたが、どうしてもここを出たいと訴えた。なんで来て早々、病院で一夜を過ごさなければならないのやら。あの豪華ホテルでゆっくりしたい。看護師に「何か羽織るものを借りたい」などと言っているときに、ジョシュアが飛び込んできた。
血まみれの服を着た私をみると、泣きそうになってすり寄ってきた。
「ごめん」
「僕が悪い」
そう言って私の頬を触った。すかさず先生が「触らないで」と言い放ち、私の頬に絆創膏のようなモノを貼り付けた。弾がかすめた傷が隠れた。
結局、彼の上着を借りてホテルの部屋に戻ってきた。腕の傷はわりと深いので明日の朝、様子をみに伺います。と先生に言われ、自分でやるとも言えず。
「では明日」と言って帰っていくのを見送ると、疲れが一気に出てソファに倒れこんでしまった。ジョシュアが本当にごめんと言ってキッチンから水を持ってきてくれたので一気飲みして溜息をついた。一時間でいいから、一人でボケっとしたいな。と思っていたら良いタイミングで警察がきて、ジョシュアが対応するために部屋を出て行った。
はあ。今日何度目の溜息だろう。とにかく疲れた。考えるのは明日にしよう。そう決めて私は部屋着に着替えてソファに横になると、すぐに寝落ちしてしまった。
この事件は、ジョシュアにいきなり別れを切り出された、しかも電話で、キャサリンが納得できずにいるところに、自分の彼氏を奪った私が彼に会いにイギリス入りすると知って待ち構えていたということで落ち着いた。しかし、警察は日本人を良く思っていない第二のキャサリンが出てくる可能性が高いとみていて、しばらくはホテルにこもっていた方が良いという結論に達したようだった。
こうなっては、もはや私が彼を奪ったことが事実として定着したようなものだ。なんか心外だ。
それに、第二のキャサリンではない。それは私だけが知っている事実だ。キャサリンを操っているやつがもう一人いた。あの公園に。
翌朝、目覚めるとちゃんとベッドに寝ていた。ジョシュアが運んでくれたらしい。寝室はいくつかあるのに、なぜか隣で寝ている彼をみて恨むに恨めないか、とつぶやきシャワーを浴びに部屋を出た。腕にビニールをぐるぐる巻いて一応濡れないようにして、手短に済ませた。結局、包帯が濡れたので全部取ったら痛々しい傷が見えた。はあ。
そのままバスローブを羽織って、リビングに戻るといつの間にか起きていたジョシュアが心配そうに支えに来てくれた。ソファに座ると、待っていたかのように、いやもしかして一晩中このホテルにいたのだろうか? 先生が入ってきた。
9 10