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シングルマザー卒業と独りよがり小説

短!小説

投稿日: 2025年2月22日

とある精神科医のところに40代の女性がやってきた。

 

『最近、眠れないんです。眠ろうとすると、幼いころの記憶が蘇ってきて。』

 

女性は話し始めた。

 

『私の母はいわゆる毒親だったんです。私は小さいころから母の言う通りに生きてきました。

 

遊ぶ友達も母が決めた子だけでした。「育ちが悪く、馬鹿な子とは遊んではいけない」と言われていて、、

私にはそんなことわかりません。母が「あの子とは遊んじゃダメ」と言った子とは遊ばないようにしていました。

 

「頭の良い子といた方があなたのためになる」そういって母が許可を出した子が私の友達でした。

でも私は放課後公園で遊んだり、友達の家に行ったりしてお菓子を食べたり、そんな些細なことさえしたことが無いまま小学生時代を過ごしていました。

それが普通だと思っていました。

 

幼いころから与えられるおもちゃは知育玩具ばかりで、みんながやっているようなゲームなどもしたことがありませんでした。習い事も、ダンスチームに入りたいと言っても、母は「そんなの将来ダンサーになるわけでもないのに。やってもあなたのためにならない」と言って、私をそろばんと英会話教室に通わせました。

 

中学生になって初めて、自分の親が異常だということに気づいたんです。

友達に「あなたとあなたのお母さんに気を使って声をかけないようにしていた」と言われ衝撃を受けました。

それから私は反抗期に入り、母の希望する高校にもあえていかず、別の高校で好きなように自由に過ごしました。』

 

そこで彼女が精神科医の方をじっと見つめるので、医師は話が終わったのだと思い、相槌をうった。

 

「それで今日ここへ来たのは、お母さんのことを思い出してしまうことで苦しくなり眠れない、眠れるようにしてくれ、ということですね」

 

このクリニックで閑古鳥が鳴くのは、おおむね精神科医の医師としての対応に問題があるのだということは理解している。

 

「苦しい、という表現が漠然としすぎていますね。お母さんに対する負の感情が強くなってしまうから?それとも、毒親に気づかずに言いなりになって幼少期を過ごしてしまった自分に対する嫌悪感か罪悪感とかでしょうか。」

 

女性は少し驚いた表情をしながら再び話し始めた。

 

『私は、、、私はただ、自分で選んだ友達と放課後遊んだり、ゲームしたり、好きな習い事をしたり、過ごしたかったんです。母のせいで私の自由が奪われていたと思うと、、、そのせいで私は、、、』

 

「つまり、あなたはお母さんのせいで今、自分が不幸だとおっしゃっている?」

 

『え、ええ、だってそうですよね。もっとのびのびと幼少期を自由に過ごしていたら、もっと私の性格も明るかったかもしれないし、違った人生を送れていたかもしれない』

 

「しかし、あなたは今、二人のお子さんを育てていますよね。保育園にも入れることが出来て、自分の意志でお仕事もされている」

 

『はい、、パートですが』

 

「それに、中学生の時に自分の意志でお母さんに反抗し、自分で望んだ高校に進学されたのですよね。つまり、自由に生きてきた」

 

『はい、、だからこそ自分の子供には自由にさせてあげたいと、、母のようにはなるまいと気をつけています』

 

「そう、あなたは毒親というお母さんがいたおかけで、今、自分の理想の母親をできている。でも自分の人生に不満がある?」

 

『はい、、あんな母に育てられてなかったら、私はもっとこう、明るく、いろんな人に慕われて、、結婚相手ももっと収入の多い人を選べて、、パートなんかしなくても良かったかもしれない』

 

医師は溜息が漏れないように、静かに息を吐き時間を数えた。

 

「つまりあなたの満足する人生とは、高収入の人と結婚し、自分が働かなくても子育てができているということですね?」

 

『ええ、まあ、それもありますが、、もし幼少期に自分の好きなことが出来ていたら、それが仕事になってバリバリ働いていたかもしれないですし、、』

 

「なるほど。高収入の人と結婚するか、自分が高収入になっているか、そんなところですね。ところで、お母さんはあなたにどんな人生を送って欲しいと思っていたのですかね?」

 

『母は、、、私がお金に困らないように、、、有名な大学へ行って、、そのためには偏差値の高い高校へいけと、、、だから頭の良い子としか遊ぶなと言ったり、習い事も勉強ばかりで、、』

 

「あなた自身は、それが嫌で、そして幸いにも中学でそれに気づき、自ら選んだ高校へ進学したのですよね?つまりその時のあなたの将来の理想は、高収入ではなかったのですね?」

 

『え、、ええ、、あの時は母に反発することしか考えてませんでした』

 

「お母さんの言う通りに、頭の良い子とだけ付き合って、勉強ばかりしていたら、どうなっていたと思いますか?」

 

『う・・・・』

 

女性が泣き出してしまったので、カウンセリングは終了となった。

とりあえず、彼女が眠れるように睡眠導入剤を処方し、次回まで様子をみることにしたが、おそらくもう医師の所には来ないだろう。

 

得てして子供というものは自分の不幸の原因を親のせいにしがちだ。自らが招いた結果だという認識を持てないまま大人になって、毒親だったと親を恨む傾向にある。というのが医師の意見なのだがこの世界ではなかなか受け入れられることはない。

 

ただ、世間でいう毒親が、虐待とか子供憎さゆえの言動をとる場合を除く。これを言っておかないと医師がこの世で生きていけなくなる。

たいていの患者は、結構に恵まれた環境に育っていて、そうやって衣食住に困ることなく育てられておいて、なにか不満があると毒親のせいにして騒ぐのだ。

そして自分はそうなるまいと誓うわけだが、もう遅い。ほとんどが結婚出産までたどりつかないのが現状なのだ。仮にたどりついたとしても、子供の幸せな将来を考えた時、さてどうするのやら。

 

まあ、そういう人が初診料だけでも払ってくれるから医師も生活が出来ているわけだ。口コミで悪態をつかれても、興味本位で自分は論破してやろうなどと意気込んでくる患者もいる。医師として患者に対してはいつも正直でありたいものだ。

 

午後の患者は・・・今度は高校生か・・・

親の金で病院へきて親の文句を言えるくらい幸せな高校生だ。いや、もしかしたら結局のところ自分は愛されているという自慢話をしに来るだけなのかもしれない。収入源としては悪くはない。治療の必要がないのだから。

 

「ふう」

 

大きくため息をついて、医師はランチに出た。