短!小説
投稿日: 2024年11月17日
朝、いつも通り駅への道を歩いていると、ゴミ捨て場を掃除しているおじさんがいた。
「おはようございます」声をかけられたので思わず、
「おはようございます」と挨拶を返す。でも足を止めることはしない。
そういえばいつものおばさんはどうしたんだろう。具合でも悪いのか。おばさんはゴミ集めに夢中で挨拶なんてしない人だ。
旦那さんなのだろうか。会釈して通りすぎてから振り返った。
「あれ」
おじさんがいない。何の気なしにまた前を向くとおじさんとぶつかりそうになった。
「え?」
身をひるがえしてよけたので、衝突は免れたが一体何が起きたのだろう。
もう一度振り返ろうとして、思い直した。これは振り返ってはいけないやつだ。
私はまっすぐ駅へ急いだ。
改札を抜け、いつも乗る電車に乗り込んだ。座席に腰を下ろしてからも、あの出来事が頭を離れない。
どうやってあのおじさんはあんなに早く私の前に現れたのだろう。見間違いだと思いたかったが、あの挨拶の声も、ぶつかりそうになった瞬間の顔も、はっきりと覚えている。
「…気のせいだよね」
自分に言い聞かせるように呟いた。
ふと窓の外を見ると、ホームに掃除をしているおじさんが立っていた。さっきと同じ服装、同じ表情。心臓が一気に跳ね上がる。
電車が動き出すと、ホームの風景が流れていく。それなのに、なぜかおじさんの姿だけが視界から離れない。まるでこちらをじっと見ているかのようだ。
「なんで…?」
思わず窓を閉めるように目を閉じたその瞬間、隣から声がした。
「挨拶、返してくれてありがとうね」
隣には女の子が座っているだけ。そこにはおじさんはいなかった。
それから毎朝、駅へ向かう道で掃除をするおじさんに出会うことはなかった。でも、何かの拍子にガラスや反射した影に目をやると、彼がこちらを見て微笑んでいる気がして、足が止まってしまうことがある。
あれは一体、何だったのだろう。
おばさんは相変わらず黙々と掃除している。一応、その背中に「おはようございます」と声だけかけてみる。まあ、反応はないのだか。
ただ一つ言えるのは、あの時から毎日、誰にでもきちんと挨拶をするようになったということだ。それが、あのおじさんへの返事なのかもしれないと思いながら。いつか、おばさんにおじさんのことを聞いてみようと思う。